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しっぽ物語 8.白雪姫

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 きっぱりとした口調で告げようとした積もりだろうが、薄い唇は震え、深い声はいつもより上擦っている。
「くだらない中傷だ」
 きゅっと引き締められた唇の色が酷く悪いことに、確信する。したので、これ以上突かないことにしておいた。今のところは。
「誰が告げ口したかは知らないが」
 情報提供者が解雇されようとも、Rの責任ではない。それに彼のことだから、有り合わせの情報を使って上手くやるだろう。雇用主に撥ねられたという事実は大きい。安っぽい格好をしたクラップス・ディーラーの顔を思い返し、納得する。
「とにかく、余計なことはしないでくれ」
 自然と早まる足並みを見送った後、そっぽを向いたままの中年女が抱える籠から、真っ赤なりんごを一つ差し出す。
「少しくらいなら、いいだろ?」
 ひったくって元の場所に押し込む手つきの荒っぽさを見せ付けられては、退散するしかなかった。



「見たかったな、その顔」
 電話口から聞こえるDの声は、愉悦で少し震えていた。効果として被せられる電波の揺れが、甲高い口調から更に人間味を奪う。
「ああいう金持ちに限って、ちょっと揺さぶってやるだけで怯えるだ。」
「本人に言ってやったらどうだ」
 麦芽パンにポテトチップを挟んだだけの侘しい昼食を齧りながら、Rはモニターに表示されたメールの内容を眼で追っていた。入ったファミレスの中で一番安いメニュー、サンドイッチもどきとコーラだけで、あと二時間は粘るつもりだった。まだ溶け始めては困るとかき混ぜたストローに押され、四角い氷は頼りがいのある音を立ててくれる。
「とにかく、役には立ったよ」
「そりゃ良かった。うるさいな。救急箱、そこにあるだろう」
「何だって」
「こっちの話。それで、実は今、本当にヤバくてさ」
「明日にでも払うよ」
 適当に返せば、受話口から漏れる不信感を露にした鼻息が鼓膜を引っ掻く。
「明日か」
 ボニーとクライドじゃあるまいし、心配しなくても明日はやってくる。軽口でも返そうとする前に、電話は切られた。



 ここまでの流れを小説にするのは簡単だが、記事となると材料は無に等しい。すっかり友人となった八方塞は、噴き出す覇気を心の奥底に押し込めて粘度を高める。皿に残ったポテトチップを口の中に放り込むと、鬱屈は咥内まで上がってきていたのか、小さな欠片は粘ついた唾液に捉えられ上顎に張り付いた。