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表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(前編)―

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ドラマや小説などで、よく見かけることがある。
嫌なことがあった大人が、酒に溺れる光景だ。
失恋したとか、会社で酷い目に遭ったとか、大切な人が死んだとか。
そんなことがあったとき、大人が酒を浴びるように飲んでメチャクチャになる展開はままある。
だが。
ひょっとしたら、そういう風になるのは、大人だけじゃないのかもしれない。
子供でも、酒を飲む習慣があり、尚且つ手元に酒があるのなら。
そんな風に、なってしまうのかもしれない。

何でそんな事をあたしが思ったのかと言えば。
あたしの家族が、そんな状態に陥ったからだ。

最早アークの歴史に刻まれすらした大事件、『内乱』の後。
あの内乱は、桜沢美雪の持つ一大勢力が、独立を目的に引き起こしたものだ。
その際、アークの人材を半分ほど引き抜いたようだ。
アークの若年層における意識低下による弊害だ。
昨今のアークには、面白半分、遊び半分でやっているような輩が結構な数いたのだ。
そういう奴らは、目的や志を持っていない。
例えば、あたしには『復讐』という目的がある。
復讐にしろなんにしろ、目的がある者や、本気でこの国を良くしようとしている者には、自然と高い意識が芽生え、それが組織を強固にし、仲間同士の信頼や連携を強固にする。
だが。
そういった高い意識の無い連中が、最近若年層のメンバーに目立ってきていたのだ。
これはアークの支部長以下幹部陣の間でも問題になっていた。
そして、今回のメンバーの離反は、そこを突かれたのだ。
アークのメンバー、その半数もが離反するという異常事態は、致命的な意識低下から起こった。
意識の低い連中は、『刺激的なこと』に誘われやすい。
例えば、クーデターや内乱のような、派手なことに。
『遊び半分の連中が抜けて、組織としての『密度』はむしろ高まった』なんて、前向きな意見もあるけれど。
あたしとしては、アークはもう終わったように思える。
内乱の際の、ほんの数時間の戦闘でさえ、こちらの設備人員は大きな被害を受けた。
この状態で、同等の大きさを誇る『ノヴァ』と事を交えれば、相打ちは免れないだろう。
そう、独立した桜沢一派は、己の組織を、『ノヴァ』と名乗った。

それはさておき。
内乱の後、紫苑が、荒れた。
まあ、そうだろう。
自分の恋人が、撃たれたのだから。
あたしでさえ、荒れかけたのだ。
まあ、あたしがパンクする前に、紫苑が荒れたせいか、あたしはむしろ冷静になった。
内乱の翌日あたりまでは、紫苑は正気だった。
処理やらなにやら仕事があり、それに蓮華の容態も医師に訊きに行った。
そう、雅蓮華は、一命を取り留めた。
あの後、あたしはせめてもの抵抗として、いつも(組織が)世話になっている病院へ急行したのだ。
医師に言わせれば、『間に合ったのは奇跡』だったらしい。
冗談抜きで一分の壁だったようだ。
紫苑も、それを聞いて安堵したように見えた。
だが。
家に帰ってから、紫苑は途端に荒れだしてしまった。
蓮華が無事だと分かって、緊張の糸が切れたように。
最初は、部屋に閉じこもって、食事すらほとんどとらなかった。
かと思えば、バーでいつの間にか大量の酒を飲み、潰れていたり。
更には、自己嫌悪からか再び部屋に引き篭もったり。
雫ちゃんは、ずっとそんな紫苑の相手をしていたけど。

バーで紫苑が酒に溺れている時も、隣に坐っていたり。
寝込んでいる時は、ベッドの傍らについていたり。
食事をいつも部屋の前まで持っていって、放っておくとずっとその前で待っていたり。

蓮華の病院にもほぼ毎日通い詰めているというのに。
まあ、言っちゃいけないことかもしれないけど、紫苑はあたしたちの手に負えない。
それに、あたしたちには様々な雑用もあった。
だから、紫苑のことは雫ちゃんに任せきりだった。
雫ちゃんのお陰か、一週間くらいで紫苑も落ち着いてきた。
『………ごめん。』
落ち着いた紫苑は、まず最初にそう謝った。
正直、あたしたちは謝られるような事は何もされてない。
だって。
どれだけ荒れても、紫苑は、『破壊』『暴力』『自殺』この三つは、絶対にやらなかったのだから。
まあ、具体的にどんな風に荒れたのかは、あまりにも痛々しくて、語れない。

やがて蓮華も面会できるようになり、紫苑も元通りになり、あたしたちの雑用も片付いて。
世界は、仮初の平穏を取り戻した。
とは言っても、蓮華は入院したままで、微妙な喪失感があたしたちを苛んでいるのだけど。

蓮華は、何も聞かなかった。
率直に言って、助かった。
あそこまで決定的なことを見られて、しかも銃で撃たれても。
『あまり言いたくないみたいだね。まあ、いいよ。退院するまでは、言わなくてもね。でも、退院したら、きちんと聞かせてもらうよ。』
と言ってくれた。
まあ、退院したら聞くって明言してるんだけど。
こう名言した以上、蓮華は退院したら絶対に聞くだろう。
ただ、今聞かないでいてくれるのは、とても助かった。
組織のことを本当に知られると、蓮華をどうにかしなくちゃいけなくなるから。

『ゆり、お前、レンをどうするつもりだ?』
『…………。』
『レンを、殺すのか?それとも、『こっち』に引き込むのか?』
『…………。』
『俺は、どうあってもレンを守るぞ。例え相手が誰だろうと、レンをどうにかしようとする奴は、殺す。それがお前であってもだ。』
『………紫苑。』
『俺は、もう決めた。俺が躊躇ったせいでレンが傷ついた。死にかけた。だから、俺はもう迷わない。誰であっても、レンをどうにかしようとする奴は、殺してやる。それでレンが悲しもうと、レンを生かすためにやってやる。』
『安心しなさい。今どうこうするつもりは無いわ。だから、蓮華に話しちゃだめよ。話したら、どうにかしなくちゃいけなくなるわ。話すタイミングは、あたしが計るわ。そして、話すときは、もう話しても問題ないようになってからにするわ。』
『そうか。』

こんなやり取りもあったくらいだ。
もう分かってもらえたと思うが。
持ち直してからの紫苑は、どこかが、

壊れた。

あれほど人を殺すことを嫌って、レンの前ではどうしても銃を撃てなかった紫苑が。
最早殺人すら厭わない。
それは言葉だけではない。
事実、あれ以来の紫苑は、毎日のように射撃訓練場に入り浸っている。

『殺してやる……。あの女だけは、俺が殺してやる……。』

普段は特に変わったところはないのに、銃を持ったときの紫苑は、一層怖くなった。
本当に、怖くなった。
時々、桜沢美雪に対する憎悪の念が漏れ出てくる。
本当に、変わってしまった。
紫苑は、もう、変わってしまった。
決定的に。

「明後日か……卒業式は。」
「そうね。」
学校には、一応きちんと行っていた。
まあ、蓮華は入院だし、一時期は紫苑も雫ちゃんも休みっぱなしだったのだが。
そして、卒業式を明後日に控えていた。
教室では、ぼちぼち別れを惜しむムードが高まってきた。
あたしと煌は、明後日、この学校を卒業する。
こんなゴタゴタの中だけど。
でも、卒業式の準備を進めている間は。
変わらない日常を、楽しめている。
やはり、いい。
たとえ、世界の裏側に騒乱が迫っていようとも。
世界の表側は、いつだって平常運行だ。