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てっしゅう
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「忘れられない」 第五章 仁美の秘密

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第五章 仁美の秘密


宿の主人が夕飯の時に尋ねてくれた。
「前田のお手伝いは叶いましたか?」
有紀は今日あったことを話した。
「そうでしたか。ひとまずはよかったですね。もうお掛けになったんですか?」
「いいえ、まだです・・・ちょっとためらっているんです。明日決心して掛けるつもりです」
「そうですか・・・勇気が要りますよね、長い年月が過ぎているようですから。応援しています。頑張ってください」
「ありがとうございます。本当にお世話になりました。感謝しております」

岡崎に来て5日目の朝を迎えた。予定していたより長くなってしまったがそれなりの結果が得られたので、今日を最後の滞在にしようと洞口に勘定を願い出た。
「またこちらにお越しの際は尋ねてください。いつでもお部屋開けさせて頂きますので、ご遠慮は要りませんから」そう言われた事が嬉しかった。仁美と二人でこちらに来る事があったら必ず尋ねますから、と返事をした。

新幹線の名古屋駅に向かう車内で森宛にメールをした。前田と洞口の好意に感謝したいこと、それにお世話をかけた森への感謝の言葉を添えて・・・

すぐに返信が来て、探していた人が見つかったかどうか尋ねてきた。自宅へ戻ってから落ち着いて電話する、と返事を書いて送信した。良い知らせを待っています、と返事が届いてそれで終わりにした。円筒形のツインビルが視界に入ってきて電車は名古屋駅に着こうとしていた。あっという間の5日間が終わろうとしている。仁美と一緒に来て良かった。励まされて今の自分が居る。名古屋発の、のぞみ号が新大阪に着いたら、今度は自分が仁美のために力を貸そうと気持ちを切り替えないといけない。

明雄への電話は自分の夢を繋ぐ一歩であったが、同時にここまでの希望を支えてくれたのは他ならぬ仁美と今は亡き裕美であったことを忘れてはならない。そう自分に言い聞かせていた。

週末の新幹線は混雑をしていた。出張帰りのサラリーマンたちや旅行に出掛ける家族連れなどでほぼ満席だった。
「行きと同じで帰りも満席よね。新幹線って儲かっているよきっと、こんなに高い料金で混雑しているんだから・・・」
仁美は大阪人らしく儲けている事を皮肉って話してきた。

「そうね、赤字路線も走らせているからそっちに儲けを回しているのでしょうけど、国鉄時代のようなローカル線は廃線にされているから、もっと安くしても構わないって思うけどね」有紀も皮肉たっぷりに返事をした。

「ねえ、有紀さん、もしよ、もしだから・・・電話が使われていなくてダメだったら、本当にどうするの?」仁美は思っていることを聞きたかったのでそう切り出した。
「うん、そうね・・・終わりにしようかな。これだけ待ったんだから、最後までってあなたは言ったけど・・・もう許せるのかなって・・・自分に対してね」
「本当にそうなの?もう誰も好きにならないで一人でずっと暮らそうと決心できるの?」
「多分ね・・・明雄さんのこと完全に忘れられたら、解らないけどね」
「じゃあ、あなたを夢中にさせる人が現われたら、明雄さんのことが忘れられるっていう事なのね、逆に言えば・・・」
「そんな事・・・考えたこともなかったわ。でも、そうなのかも知れないわね・・・そんな事ってあるのかしら・・・」
「明雄さんのことを好きになったように、好きになれる人が現われる事はあるかも知れないよ。忘れられないのは忘れたくないからなの。忘れたいって思えば忘れられるのよ。どんな辛いことも、悲しいことも。そして幸せなことさえも・・・」
「何故そんな事を言うの?」
「あなたに幸せになって欲しいから・・・女として輝いている今を無駄にして欲しくないの。私は自分が幸せになりたいっていつも考えている。裕美のことが苦しくてブレーキになっていたけど、反面幸せを掴むんだという気持ちも強くなるの。あなたというパートナーを得てますますその気持ちが大きくなっているのよ。変なたとえだけど、鯛でなくてかまわないから美味しい鯖を釣って欲しいの」

仁美の言ったたとえが妙に可笑しかった。

「仁美さんは、面白いことを言うのね時々。美味しい鯖・・・か。食べなくても美味しそうな鯛と違って、鯖は食べてみないと予測がつかないわよね?危険じゃない?」
「ほったらかしにして腐っている鯛を食べるよりは、ましかも知れないよ」
「まあ、そんなこと言って・・・私を困らせたいの?」
「そんな事あるわけないでしょ。たとえばの話しよ。全てはあなたが明雄さんに電話をしてからの事ね。ドキドキしているでしょ?繋がっても繋がらなくても、あなたの人生が決まるんですもの!すごいことよね・・・私は、安田と会っても人生なんか変わらない。裕美が居れば解らなかったけどね。あの人がどんな理由を話してくれても、奪われた時間は戻らないし、裕美は生き返らない・・・あなたとは違って辛酸を舐めさされているのよ、私は」
「そうね、過ぎ去った時間を返せと迫っても無理ね。あなたの苦労を軽んじる訳じゃないけど、そのことに固執しちゃダメ。相手を許すことから始めないと自分が始まらないよ。許せないことはたくさんあるだろうけど、許せることを一つずつ見つけて隙間を埋めてゆかないとこれからはないよ。別れて新しい人を見つけることは簡単かも知れないけど、幸せになれる保証はないから今と同じじゃない?遣り残したことにもう一度臨んでゆく事も幸せを掴む第一歩じゃないの?」
「有紀さん・・・そうなのかも知れない。本当はそう願っているのかも知れないけど、踏み込めないのよ。あの人が絶対に許せないのよ、裕美を孤独にさせたのは・・・あの人だったのよ、違う?有紀さん・・・」
「仁美さん、それは違うよ。あなたの許せない気持ちが裕美さんの死を自分自身で納得させようと、もがいているだけ。酷な言い方だけど、裕美さんは安田さんとの復縁を願っていたのよ。仁美さんの気持ちの中に安田さんへの思いが残っていると悟ったに違いないと思うわ。自分が知った男の人への感情が、母のあなたにも通じる想いだと、感じられたのよ。でなきゃ、そう思わなきゃ、可哀相じゃない?私はそう感じているのよ」

仁美はもう話せなかった。堪えていた涙が堰を切ってこぼれ出した。肩を抱き寄せ仁美の悲しさを慰める有紀もまた涙をこらえることが出来なかった。


新大阪へ電車は着いた。在来線に乗り換え大阪駅から環状線で京橋まで行き、京阪電車に乗り換えて仁美の住む森小路まで数分で着いた。心配だったので有紀はアパートまで着いていった。中に入るとすぐに抱きついてきて泣き出してしまった。台所の椅子に座って落ち着くまで傍で背中をさすり慰めていたが、やがて少しずつ元気を取り戻し、話し始めた。