小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

因縁論

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
昨日仕事での旅から帰ってきた。四国を主に、兵庫や瀬戸内海の島を巡ってきた。だからといって特別な事は何もない。約2週間は平凡に過ぎていった。その風景や味覚を除いては。

唐突だが古本屋に行くのも旅なのだ。普通の書店ではイケナイ。二つの意味でイケナイのだ。というわけで今日、某古本屋へと旅立った。5年も通った某大学の近くに某女子大がある。もちろんそんなことは知っていたが、全くといっていいくらい縁がなかったので、その近所のことなど知る由もなく、ましてやその近くでアルバイトまでしていたのにも関わらず、その辺りすらふらつくことも無かった。ある意味避けていたのか。いやウブだったのだ。そんな所など歩けるかって。いやそれも違う。恥ずかしいのだ。いまでも自意識過剰気味にとても恥ずかしいのだ。

豊島区にある雑司ヶ谷霊園は行きつけの墓地である。ふと寄り道したくなるのだが、今日も池袋を通るならとすいすいと通い慣れた道を車で通り抜け、墓地の中のアスファルト道路へと向かった。夕方4時近くでまだ暗いという訳ではない。余り暗いとやはり気が引けるので、明るいうちに行くのがやはり望ましい。これは基本である。

先日の四国の旅で松山に寄ったことで、夏目漱石のお墓参りの気持ちが芽生えた。これで何度目なのか忘れそうだが、6、7回目だろう。もう場所も把握し、一直線に向かったのだった。大きな墓石に歩を進めれば何やらその前で動いた。目で追えば猫であった。吾輩は猫である。そうである。ぶちの猫と真っ黒の子猫が二匹、隣の墓石の隙間からネコ目を光らせ睨んでいる。輝いてはいないが、私を見つめている。ちょっと今日はついてるなと思った。

しかし警戒した二匹はこちらに近づこうとはせず、一定の距離をおいて静観している。食べ物でもあればまだしも、口で舌打ち呼びをしても、指先で子猫をじゃらつかせる技もまったく通用せず、動かば逃げるぞと、一触即発のムードで会った。5分ほど粘ったが駄目だった。私が携帯のカメラで追う動きで、どこかへと消えていった。とりあえず、夏目先生には猫が付き物なのであるので幸運ではあると納得した。

松山では道後温泉に浸かり、松山城へも登り、手短に観光した。その記憶を呼び戻しつつ、改めてお墓参りをした。しゃがんで手を合わせ、何も語ることもないのだが、一通り報告し、夕景の空に聳えるほどの墓石を見上げ、はぁと一つ溜息をつき、車に戻った。溜息の意味は問わずにおこう。これは無意識に出てしまう、心の声だ。

先日の墓参りの帰り、墓地から大学の在るほうへ気ままに歩こうと未踏の路を抜けて行った時、いつの間にか先程の女子大のある商店街というかか細い幹線道路へ出た。初めてであるので、興味津々、きょろきょろと目も足も動いていた。昔ながらの路であろうか、古めかしい住宅が並んで、お店も小ぶりで、懐かしい風景である。コロッケでも歩き食いしてみたい気分になったが、たまたまコロッケ屋さんがなかった。でも必ず有るはずだけれど、これは縁がなかった。

女子大の裏門を通り過ぎるあたりで、ちらほら女子大生を見かけた。あまり目で追うのも「李下の冠」的なので、知らん顔して歩いた。けれど、気になるのは気になる。あの時も夕方で、カメラを首から提げていたから尚更気を付けねばならなかった。怪しい奴丸出しだから。ましてや学生でもないし、ここにいる必然性が見当たらない。

今日は車だから、ささっと商店街を過ぎた。そう、話が止まってしまったが、この道沿いに一軒の古本屋を見つけたのだった。そこは「古本と占い」という立て看板が立ち、半地下に降りる、小狭い店だった。しかしこういう店だからこそとばかりに良き古本に出会うのだ。その時は吉行淳之介のエッセイではあるが初版本を見つけた。値段は300円。そのほか家に置きたい・読みたい本が多々あった。怪しい本が予想通りに揃っていた。その期待を込めて、今日も遠回りしてきたのだった。

まず表の棚に並ぶ100円~300円の本を眺め、200円の「谷崎潤一郎『春琴抄』朗読テープ」を手にした。それから、250円の文庫本で、白洲正子と河合隼雄の対談本を抜き取って、店内へとドアを開け下りて行った。すると若い男がレジの向こうの店主と雑談風だった。二人とも言葉を途切れさせることなく、目を私に向け、そのまま戻して話を続けていた。会話は男の一方的なオタク話であった。

聞くともなく聞いていると、筋が通っているようないないような文脈でくどくどと知識を並べている。その声を背に、店内の本を眺めていた。するとまた100円~300円の本棚があり、そこを漁ってみた。前回と同じラインナップであるのを確認しつつ、もう一度手に取って眺めたり、値段をチェックしたりしていたところ、ある厚めの単行本を引き抜いた。

作者も題名も知らない。いや、作者には少し見覚えがあったか。とりあえずお尻から開いて値段をチェック。300円。まあお手頃だ。その下に署名入りと鉛筆書きしてあるのに気付いた。なるほど。で、表紙に手を持っていき、開くと左側の無地の紙にこうあった。
「○○ ××様   作者名」

ここで実名・題名を書いてもいいのだけれど、少々それが憚れることがあり、伏せ字にしてしまうのが心苦しいけれど、送られた人が、またはその遺族(送られた方は故人)・関係者が古本として出したということになるのだろうか、こうして有るということは。まさか本人が出すはずもなかろう。そう彼は有名な詩人であった。学生時代に現代詩にかなりハマっていたときに目にしたことがあった。何篇かは読んだに違いない。ただそれぐらいのものだ。

またもう一度裏に戻った。署名があるということは・・・、そう初版である。そりゃそうだ。送るからには記念品。再版という可能性もあるだろうが、そういう類の本ではなかった。価値がある?自問自答してみた。しかし300円って。価値がないから300円なのだ。でも、ワタシは決めた。これも縁である。こうして目の前に現れたからには知らんぷりはできぬ。いくら女子大通りとはいえ。あ、関係ないか。

もう一冊、気にやはり故人の女性の作家の小説を選んだ。吉行理恵。前回買った淳之介さんの妹である。(蛇足だけれど、先日、青山通りの外苑前駅の近くで、姉の吉行和子さんとすれ違った。それこそこのご縁はなんだろう。)結局、谷崎テープは買わずに、その3冊を束ね持ち、話の止まらない二人を気にしながら、いつレジに差しだそうかと数分店内を眺め待っていた。

店内の真ん中の「島」に飾ってある本を見ると、夏目漱石の関係本が10冊近くあった。こういう風に家の本棚に置きたいものだと思いながらもまた時間を稼ぐ。この男の話はどう考えても止まりそうもない。女店主はほんとうの知り合いなのか、常連としての付き合いなのか慣れた感じでうまいぐあいに応答している。ただ少々食傷気味な雰囲気はあった。こういうやりとりは聞いているだけで胃が痛くなる。

あまり待てないなと下げた頭をレジ方向にあげた時、女店主が気付いてくれた。そこで手にした本を数センチあげて合図を送った。よし、無理なく意思が通じたのでほっとした。そのとき男があざとく言ったのだった。
「どうもすみませんね~。お邪魔しておりまして」
作品名:因縁論 作家名:佐崎 三郎