芸者芳乃
「宿に帰るから車呼んでくれないか」
「帰らないで、ここにはタクシーがないの。さっきのは母さんの知り合いよ」
「そうか歩いたら遠いよな」
「私母さんから30万円借りているから、早く返さなくてはならない。だから停まってほしい」
「何でそんな金を借りたんだ」
「父ちゃんがオートレースにのめりこんで、サラ金から借りてしまった」
「まだ君は若いだろう」
「19よ。定時制高校を出たばかり、繊維会社に勤めていたのだけれど、5万円の給料ではなかなか返せないし・・・まだここにきて3日目なんです」
「来たばかりか」
「お客さん優しそうだからって、母さんが初めてにはちょうどいいって」
「そんなこと聞いたらさ、考えちゃうよ。経験あるんだろう」
「好きな人いなかったから・・・」
「ないのか」
「・・・・」
「じゃ今夜は30万円の価値があるな」
芳乃の顔色が変わったように見えた。
「冗談だよ」
慌ててそう言った。芳乃を軽蔑したように言ったことを反省した。
「宿に帰るよ」
「仕方ないね。歩きより自転車の方がいいね」
芳乃は自転車を転がしてきた。
「さっきのお金」
2万円を返して来た。
「取っておきな」
「すみません」
私は芳乃を乗せて暗い夜道をよたよたと自転車をこいだ。
芳乃は横乗りのためしっかりと私の体に抱きついていた。その部分だけが夜風の冷たさを感じさせなかった。
「耳冷たそう」
芳乃は片手で私の耳を温めていた。わざわざ道案内をしてくれた芳乃が愛おしく感じた。
宿に着き、私は芳乃に待つように言った。
フロントで預けたカバンを手にした。
「これを母さんに渡して欲しい」
「はい」
と芳乃は答えた。
私は走り書きでこの金で芳乃を家に返してやってくださいと書いた。
封のなかには自分の残りの金を加えた。
翌朝、朝食もとらずに宿を出た。
私は芳乃に何かしてやりたかった。
それから15年位経って1通の手紙が舞い込んだ。