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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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芸者芳乃

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会津若松からの帰り道、時計はまだ2時半であった。宿は普通3時からである。まして私は行き当たりばったりに宿を捜すのである。旅慣れたと言えばそうである。
 今日も何処にするか考えながら運転していた。9月の後半である。東北とは言えまだ紅葉には早かった。これからなら鬼怒川までは行けるとも考えていた。そして芦ノ牧温泉を見ていた。鬼怒川まで行っては家に帰りたくなるかもしれない。
 私はここに泊ろうと考え車をUターンさせた。
 宿に行くには少し坂道を下った。初めて泊る場所であったから、ゆっくり走った。6,7軒の宿が確認された。私は時間稼ぎにまた坂道に戻った。それを見ていたのか、宿の袢纏を来た男が手招きをしていた。私はその手招きに自然と誘われた。
「お泊りですか」
「まだ早いけど入れてくれる」
「どうぞ、食事は6時になりますから、風呂にでもごゆっくり」
 私は皮鞄を持って宿に入った。そこには30万円が入っていた。10号の絵を売った代金である。宿のカウンターに預けた。名前を記帳し終わると部屋に案内された。
 山がすぐそこに見え、川の流れる音が聞こえた。
 テレビでも見ようかとスイッチを入れたが、関東とは番組が全く違っていて、見る気にはなれなかったから、風呂に行くことにした。
 浴衣の上に袢纏をはおり、男湯と書いた暖簾を見て脱衣かごに脱いだものを入れた。
 三つのかごが使われていた。
『こんな早い時間でも客はいるのか』と思いながら、曇りガラスの戸を開けた。湯船には三人の女性が浸かっていた。
湯気が立ち込めてはいたが、話声で解った。
 私は慌ててタオルで前を隠しながら
「間違えました」
と言った。そして戸を開け様とする時
「ここは男湯よ」
と女の声がした。笑いながらであった。
「いっしょにどうぞ」
私は迷ったが裸でもあると思い
「お願いします」
と言った。さすがに湯船には入れなかったから、体を洗い始めた。
「背中流してあげる。お兄さん」
一人の女が私の傍に来た。
「いいです」
 緊張した。女の手はすでに私の背中にあった。
 私は平静を装って
「どうしてここに」
と訊ねた。
「女湯は狭いのよ、こんな早い時間の客はめった来ないから」
私は近所の人たちかと思ったが、鏡にぼんやりと見える顔は、結構綺麗に見えた。
「芸者さんですか」
「良く解ったわね、玉代まけるから声かけて」
女は私の耳もとで言った。

作品名:芸者芳乃 作家名:吉葉ひろし