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ハイビスカスに降る雪

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「お前、魚臭いんだよーっ!」
「あー、臭い、臭い」
「漁師の跡を継ぐなんて信じらんねぇ」
 そんな中傷する言葉が金城健治の背中に飛んだ。それでも健治は中学の制服を着たまま、振り返ることなく歩みを進めた。健治を中傷した同級生も必要以上に彼を追うことなく、石垣に囲まれた細い路地に入っていく。健治はそのまま港を目指す。やがて、船がきしめきあう港に出た。そこにみすぼらしい建物があるのだが、健治は吸い込まれるようにその中へと入っていった。燻されたような古い木の看板には「漁業協同組合」の文字が見て取れる。健治は勝手知ったるようにその建物の奥に進むと、無骨な男たちの集団を眺めた。
 金城健治はこの沖縄の離島で暮らす中学三年生だ。連絡船で離れた島の中学校に通っている。同級生たちの中にはこの寂れた島の暮らしを忌み嫌う者も多かった。だが、健治はこの島が好きだった。健治の家は漁師をしており、中学を卒業してからは家業を継ぐことを心に決めていたのだ。
 日焼けした男たちは円陣になって、何やら難しそうな顔をしている。健治はその集団を心配そうな顔をして眺めた。
「我々が反対してもリゾートホテルは建つんだ。これじゃ、南の根は全滅だな」
「いい漁場だったんだがなぁ」
「保証金はもらえるのか?」
「そんなものは出ないだろう。観光会社もずさんな調査しかしていないし」
 のどかな午後の日差しとは裏腹に、男たちの表情は一同に暗い。健治はそんな男たちを心配そうに、口を半開きにして見つめていた。
「いくら我々で話し合ったところで埒が明かないだろう」
 ある男の声で円陣が崩れた。男たちは立ち上がり、一同に重いため息をつきながら散らばっていく。
「お父さん!」
「おう、健治」
 ランニングシャツを着た、筋肉質の男が瞳に優しさをたたえて健治を見つめた。
「お父さん、南の根にホテルが建つのかい?」
「子どもが心配することじゃない。それより、今日はもう第二徳治丸は出さんぞ。どこか遊びにでも行ってこい」
「なーんだ。期待してたのに……」
 健治がつまらなさそうにむくれる。健治は踵を返すと駆け足で掘っ立て小屋を後にした。その姿はさすが中学生を思わせるはつらつとしたもので、心地よい駆け足であった。海からの追い風が健治の味方をしているようだった。