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You are my destiny

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馬鹿のくせに行動力は一流だ。ちくちくした不満が降り積もっていたとは言え口ぶりからして決心をしたのは昨日。それから一日足らずでこの家のあちこちにあったこいつの痕跡を、残らず鞄につめたってのには素直に感心をする。なんだかひどく、家ががらんとして見えた。もともと帰宅するのは遅い時間だしいつだってどこか冷たいこの家の温度が、今日はいつも以上に冷えて感じた。それで開口一番終わりにしよう、だ。俺が怒るのも当然じゃないだろうか。

「……っ、ふ…」

拳でぐいっと涙を拭った馬鹿が、ゆっくりと膝から手を離す。テレビを見ているふりをしながらそっちばっかり目で追っている俺も大概ばかだ。こいつと一緒で。そばに落ちている鞄の持ち手を支えにするように、立ちあがったのをちらりと見る。こうしてこのまま傷つけて、俺はほら見ろやっぱり運命なんてなかっただろう、と思いながら過ごすんだろうか。そう思うと、やらなきゃならないことは分かっていた。はずなのに、なんだかひどく疲労していて身体が動かない。きっと俺がどれだけ愛しても、この馬鹿には伝わらないんだろうなんて俺らしくもなく弱気なことを思ったら、もうどうでもよくなっていた。

「電話!でんわ、しても、いっつも話し中だし、そのくせお前がデートしてるとこばっか出くわすし、ほんとはお前に見つかるまえに出てくつもりだったのに、今日に限ってお前早いし、もう」
「…」
「いっつもタイミング最悪で、やっぱり運命なんかじゃ、なくて…」

だから俺はずっとそういっていただろう。運命なんかなくったって、そんな決まりなくたって、俺はお前のことが。涙声に覆いかぶせていってやれば間違いなく失わずに済む恋を、俺はなんでか自分から手放そうとしていた。手放したら死ぬほど後悔するって分かっていても。あんな辛そうに、こいつが泣くせいだ。

「…なんで、なんにも言わないんだよ」

俺の隣に重そうな鞄がどすん、と置かれた。見もしないテレビを視界から遮る、史上最悪に酷い泣き顔の馬鹿な恋人。きっと俺はひどく仏頂面をしている。お前になんて興味ありませんって顔をして、冷たくこいつを睨みつけている。

「オレは!…オレは、こんなに好きなのに…」

だまれフリーター。お前の生活は完全にヒモだぞ。なのに、なのになんで俺がそんなお前をいつまでもここに置いてると思ってるんだ。俺を慈善ボランティアかなにかだと思ってるのか。それくらい分かれ、馬鹿。好きでもない相手を、大事じゃない奴を想って、どうしてこんなに苦しい気持ちにならなきゃいけないんだ。

「…なんで、オレは、お前の運命の相手じゃないんだろう」

ぱたりと俺のワイシャツに涙の粒が落ちた。俺の膝の上に乗っかる勢いで詰め寄ってきた馬鹿な恋人が、ぐしゃぐしゃの顔をさらに歪めてそう呟く。聞いてるこっちまで切なくなるような声だった。そんなに不安だったんだろうか、と思うと、何だか無性に腹が立つ。ぷつん、と何かが切れた音がした。たぶん俺の堪忍袋の緒とかいうやつだろう。

手を伸ばしてみる。試してみるまでもなく距離はゼロだった。なんのこともなくその背中に腕がまわってしまう。残念ながらゲームオーバー。捕まえた。

「…っ!」

勢いよく顔を上げた馬鹿な恋人と至近距離で目が合う。俺はゆっくりと息を吐き、それから多分ものすごく機嫌が悪い顔でそいつを睨んだ。思いっきり。餓鬼だったら泣くんじゃねえのって感じで。

「誰が決めたんだよ、運命なんて」
「…あ、待って、なんで」
「言ってみろよ。どうせ知らねえんだろ」

途端に逃げ出そうと身体を捩るその後頭部に手を回し、俺は余裕もクソもなくそいつの胸倉を掴んで引き寄せた。どうせ言い逃げするつもりだったんだろう馬鹿はひどく動揺している。けれどもう駄目だ。こいつの命運は尽きている。もう離してやんねえ、と俺は決めたのだ。

「愛してるよって言ってほしかった?お前だけだよって?そんな安っぽい台詞が欲しかったのか?」
「や、やだ…、ごめんなさい、怒らないで…」
「分かってんだろ。お前に使いたくねえんだよ、そんな言い飽きた台詞」

チビだしいい年してフリーターだし馬鹿だし間抜けだし、女以上に運命なんて言葉を信じている。本当にもう救いようのない奴だ。急に饒舌になった俺の豹変っぷりが相当怖かったのか、俺のワイシャツを握りしめた手が震えていた。

「知ってて言ってんだろ?わざとだろ?」
「わ、わざとです…」
「だよなあ。何、困らせたかった?泣いて縋って置いていかないでくれって言ってほしかったのか?」
「ちが、違くて!お前には、オレじゃなくたってたくさんいて、だから」
「ひとりで盛り上がって出ていこうとしたのか。馬鹿じゃねえの。…知ってんだろ、俺の仕事も全部」
「…、しってます…」

ああもうこいつホント馬鹿。手遅れだ。再び泣きだした馬鹿は俺のワイシャツにそのぐだぐだの泣き顔を押しつけてすんすんと鼻を鳴らしている。このワイシャツはもう駄目だなどうしてくれんのお前の月収くらいするぞこれ。俺の仕事っていうのはまあ大きな声じゃ言えないがホストである。おかげで稼ぎはいい。女モノの香水の匂いがするだとか女と歩いてただとか、果てはそれに笑顔を振り撒いたり丁重にもてなすことになんの感情も抱いていないってことを、こいつは知っているわけだ。知っていてのさっきの言質だ。なんなんだよこいつ。全くもって可愛げのない恋人のその後頭部を、ぐしゃぐしゃと撫でる。泣き声が大きくなった。ほんとにかわいくない。

「なんなんだよ、ホント。運命の相手だって言ったらそれで満足するのか?」
「ちが、…もう、もういいから……」

なにがもういいから、だ。こっちの気持ちも考えやがれこの馬鹿。俺はそのままさっそく鳥の巣みたいになってる髪をぐいっと掴んで顔を上げさせる。ぼろぼろの泣き顔がぐしゃりと歪んだ。何かすげえひどいことしてるみたいな気分になって、ちょっと興が殺がれる。ホントはもっと苛めてやる気だったんだけど、その気も失せた。なんでそんなほっとした顔するんだ、ドMなのかお前は。

「運命の相手なんて誰かに決められるもんじゃねえんだよ、わかったか」

俺は運命なんて信じない。運命の相手だなんてそんなありもしない枠組を勝手に他人に決められてたまるか、と思う。こくこくと何度も頷いた馬鹿な恋人は、ぎゅう、と俺の背中にしがみついた。何かものすごく徒労をした気分になる。なんだこいつ。結局ひとりでから回った上に俺を巻き込んだのか。不安だも寂しいも一言だって口に出さねえくせに。

「…じゃ、じゃあ、オレが運命の相手、でもいい…?」

そして人の話をちっとも聞かないそのどうしようもない阿呆は、俺の有難いお話も全くもって馬の耳に念仏らしかった。俺の言いたかったことをちっとも理解していない。でもその涙に濡れたひとみが期待と不安のないまぜになったいろをしてきらきらと俺を見ていたので、もう一度こいつに対して運命というものの不確実性を説く気にもなれなかった俺は、黙ってそのしょっぱい唇を塞いでやった。



作品名:You are my destiny 作家名:シキ