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You are my destiny

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恋の終わりというものは、いつだって唐突だ。

「終わりにしよう。…やっぱり、運命なんてないんだ」

二十を越える男のくせに運命なんて信じてて馬鹿じゃねえのとか、そもそも男同士に運命なんて、とか、色々言いたいことはあった。そりゃもう沢山あったのに、目の前でそう言われてしまっては、しかもそいつが信じられないくらいに切ない顔をしていたら、俺は何も言えなくなる。

運命が存在するっていうんなら、アガスティアは俺たちがこうして夜中の十二時に片やスーツ姿、片やいつでもここから出ていけますってふうな恰好をして、ひどく間抜けヅラをして別れ話をしてるってことまであの得体のしれない葉っぱに書かなきゃならなかったんじゃねえのか。ノルンとかいう神様は、こんなしみったれた会話をしている俺たちのことまでお見通しだっていうのか。俺は運命なんて自分で紡いでいくものだと思っているからいつもこいつにそう言ってきた。こいつは昨日まで運命論者だったはずだから、俺たちが出会ったのもばかみたいな恋に落ちたのも全部運命だって言い張っていた。喧嘩は絶えなかったけどこいつは俺のことが好きだし俺はこいつのことが好きな、はずだった。

「…わけわかんねえ」

俺の家に来るたびに今夜は帰りたくないだとか帰りたくても足がないだとか適当に理由をつけて泊っていくあいつのせいで、この家にはあいつの私物が沢山あった。そのせいもあって今では、俺よりもこいつのほうがこの家にいる時間が長い。それら全部の痕跡が見当たらなくて、俺は昨日までごく普通だったはずのこの恋人の突発的な行動が理解できなくて当惑している。あ、でもどうやらあそこにある気にいっていたコートは忘れているらしい。相変わらずほんとうにそそっかしいやつだ。

「オレなんかよりずっといい相手がお前には現れる、お前の運命の相手はオレじゃない」

ぐずぐずと泣きながらそんなことを言う。運命なんてないと言ったばかりの口でよくそんな台詞が吐けたもんだよな、と思いながら、俺はゆっくりと瞬きをした。ちっとも訳が分からない。分かる気もしないから、ため息をひとつ吐く。びくりと怯えたように身体を竦ませた馬鹿な男から、ゆっくり視線をずらした。

「ああそう。じゃあ出てけ。さよならだ」

男同士の恋の終わりなんて見苦しいだけ。なんでだよと言い募って掴んで止めて、それで有耶無耶にしてやり直すのだってカッコ悪いだけ。俺は最初から、こいつが俺から逃げたいんだったらいつだって逃がしてやるつもりでいたのだ。物分かりの悪いこいつは、そんな俺の精一杯の優しさも気付かなかったみたいだけれど。

「あ…」

スーツの上着を脱いで放る。アルコールが入っているにも関わらず、頭はひどく冷静だった。こいつは俺を薄情なやつだと思うだろうか。それでいい、と思う。こいつの目から判断するに、俺のことを嫌いになったわけではなさそうだったから。冷たくして嫌われてやったほうが、こいつのためだ。俺はなんていい男なんだろう。なのになんでこんな馬鹿男に惚れたんだろう。我ながらもったいない。冷蔵庫からビールを取り出してソファに座っても、馬鹿男は立ちつくしたまま出ていく気配を見せないでいる。

「…、や、やっぱり。やっぱりオレのことなんて大事じゃないんだ…」
「…」
「そうだよな!…オレなんてチビだし、テンパだし、間抜けだし、騙されやすいし」

ぼろぼろとさっきよりひどい勢いで涙が溢れだしていく。ぶっさいくな泣き顔だ。ちっとも可愛くない。可愛くないくせに、俺の胸が不快に騒いでいた。撫でるとひどい有様になる天然パーマを思うさま掻きまわして撫でてやりたくて仕方がない。馬鹿な男は、俺のほうかもしれない。

「おまけにフリーターだしな」

ぽかん、と俺を見た馬鹿男がちいさくしゃくりあげた。本当にちっとも可愛くない。可愛い女の子がやるならまだしも男がやっているのは見苦しいだけだ。俺が清少納言だったらぜったいに酷評したポエムを書いてるね。同僚に騙されてミスを押しつけられて前の職場をクビになって以来細々とコンビニバイトで食いつないでいるこいつは、ここを出てどうするつもりだったんだろう。金もない仕事もないでどうやって生きていくつもりだったんだか。もう一度大きくため息をつく。

「お、お前だって!お前だってオレなんかにはもう愛想が尽きたんだろ、全然構ってくれないし、いっつも女物の香水の匂いするし、昨日だって女の人と歩いてたし、そうだよな、オレより可愛い女の子のほうがいいんだよな!」

こいつはほんとうに、馬鹿男だと思う。普段の会話からして頭が悪いわけではないはずなのに、思い込みが激しいというんだかとりあえず、すごく馬鹿だ。何だかすごく腹が立ったので無言のままにビールを煽る。乾いた咽喉に沁みた。

「そうだな」
「…」

つめたい俺の切り返しに、どうやら馬鹿男の沸騰した頭も冷えてきたらしい。するりと掌から力が抜けて、重そうな鞄が床に落ちる。ずるずると膝をついて座りこんだ馬鹿のまんまるい目から、ぼとりと再び涙が浮かびあがってこぼれおちた。もうちょっときれいに泣けないんだろうか。これじゃあまるで夕立だ。

「オレにはちっとも優しくしてくんないくせに、女の子のことはエスコートして、大事にして、笑い掛けて…、オレは、オレはお前の運命の相手にはなれないから、だから」

男の嫉妬は見苦しい。ぐずぐずと鼻を啜りながら、目の前の男は膝をぎゅっと握っては離し、握っては離しを繰り返していた。その手の甲に涙が落ちて、その皮膚に浸透していくのが見える。腕を伸ばしても届かない距離だったから、俺は手を伸ばそうとはしなかった。

「だから、もう…、終わりにしよう」
「ああ」

不安なんだ、抱きしめてほしい愛していると言ってほしい、と全身で主張をしている馬鹿な恋人に、俺はそういって首肯した。なにかが決壊したように言葉を失った馬鹿男はただでさえまんまるい目を見開いて、俺の顔をじっと見返してくる。涙だけがひっきりなしにその睫毛を濡らしていた。俺は無関心を装って手元のリモコンのボタンを押す。テレビが付いて、部屋が明るく染まった。

テレビの笑い声だけが響いている。深夜の番組はとくに面白いのもなさそうで、俺はチャンネルを捏ね繰り回しながら舌打ちをした。こういうときに限って洋画の一つもやっていない。仕方なく深夜のバラエティにチャンネルを合わせ、俺は全く興味のないそれを眺めるしかなかった。

「あっ、…あ」

何か言いかけた恋人は、けれど言葉に出来ずにそのまま泣いている。たった三歩歩いてやれば手が届くけれど、なんとなくそれも癪だったので、放っておいた。どうやら俺は、こいつの運命の相手ではないらしいので。なんて、大人げないことを思いながら。
作品名:You are my destiny 作家名:シキ