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桜の頃

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   ープロローグー

さかのぼること桜の季節をふたつ。まだ桃色の濃い硬い蕾を小枝につけ始めた頃。
小高い丘のベンチがふたつばかりの展望公園。
頂に上がれば小さなこの町が一望できる。
そんな場所だがさほど有名ではなく、たまたま訪れたか、物好きが好奇心で訪れるくらいだろう。
どちらにしても 一度訪れ展望したら何となく心と瞳に焼きつく場所だ。
私もこの景色に魅せられたひとりである。

そこで出会った、いやまだすれ違った程度なのだが、きまぐれな風があの人の優しい香りを
私の敏感とはいえない鼻先に運んだのである。
特に印象に残る香りではないのだが、気になる香り。
香りそのものではない。きっとその人を連想させる余韻があったからかもしれない。
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私は意識的というのではなく、すれ違いざまに振り返った。
ふとその人の目の動きがスローモーションで私の動きを追ったように見えたからだ。
その途端、ふと口に出してしまった。
「なにか?」
なんとも可愛げのない台詞であることはすぐ感じたが、口から言葉が離れたあとでは、もう修復は無理というもの。
その人の返すだろう言葉も予想がつく。
(別になんでもないですよ)と。
「今日は夕暮れが綺麗そうだね。」
その人の返した言葉が耳の奥底に届いてやっと自分が赤面していることに気づいた。
「そ、そうですか?」
その人が私の見上げたと同じ方向の空に顔を向け、少し口元に笑みを浮かべた。
と、少し冷静さから足が離れそうな私にはそう見えた。
「あの雲が流れたら夕日がきれいに見えるようになるよ。たぶんだけど。」
私の態度はいかにも疑っているように取られたのだろうか。
「もし、良かったら日の傾く頃見においでよ。そうだな、6時35、えっと45分ごろかな。」
「あの」
その人は左手を耳の横くらいに上げると坂を下って行った。 
姿が見えなくなったとき、声だけが私の耳に届いた。
「あっ、ねえ、さっきの子。適当なやつの戯言だけど、僕も見に来るよ。当たってるか確かめに、じゃあまた会えたらね。」
(さっきの子って私?)
私は視野に見える範囲を見回したがやっぱり私のほかにいない。
その人が坂の下からかなり大きな声でかけた言葉は私へのもののようである。
「あっ、はい。」
思わず返事をしてしまった。
警戒心など微塵もなく答えた自分の態度に驚いたのは、まぎれもない私自身です。

そんな出来事は特別な事ではない。と多くの人は思うだろう。
でも私にとっては、今までの自分がひっくり返るくらいのことに感じたのだ。
そう、今日ここに来たのも そんな自分を引き摺っていたのだから。
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人と信じあえるなんて有るわけない。
人の言うことなんてどうせ口先だけのお世辞。
人のことを悪く言っていないと落ち着かない。
いかにも自分は善人であるかのように。
そんな人たちの中にいるのが怖い、息苦しい、そんな自分も身の置き方がわからない。
私は私。
そう思って過ごしてはいるけど、ときどきバランスを崩す心と本音。
そんな時、この場所は現実を安らぎに変換してくれる。
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今日は・・、あの人は何だったのかな。久しぶりに来たけどもう帰ろうかな。
そう思いながら坂を下りかけたとき、足元に光るもの・・・。
「あら、これってさっきの人のストラップかな。」
わずかな時間の中でも、ズボンのポケットからはみ出していたその人のストラップは印象に残っていた。
シルバーに金メッキの彫金のもの。《ネズミ?》のようにも見えるが・・
私はそれを手に取り、いや指先で抓み上げた。
(何コレ?)
やはり《ネズミ?》にも見えるが少し違う。
私は、その場に置いておくことができず、タオルのハンカチに挟みバッグのポケット部分に押し込んだ。
もう一度この場所に戻ってくるだろうか。
そんなことを漠然と脳裏に巡らせながら、大きく深呼吸をした。
(そうよ、私がここにきた理由・・)
今度は溜息に近い息をつきながら、何だったのかと思い返すも、なんとなく薄れて気にもならなくなっていた。
無理に思い出すこともない。
それよりも夕暮れまでの時間をどうしようか?のほうが今私の考えるテーマになっている。
「今・・5時52分。あと一時間近くあるんだ。」
携帯電話で時間を確認すると、私も坂を下り道路へと出た。
一度家に戻ろうか、と足を向けたが踵を返し、歩いて7、8分ほどのところにあるコンビニエンスストアーへと向かった。

そのコンビニは店内の一角にテーブルと椅子があり、店頭で簡単な調理を施したジャンクフードやオリジナルソフトクリームが食べられるイートイン・スペースになっている。

私は期間限定「ベルギーチョコソフト」を注文し、番号のレシートを受け取り店内を見て回っていた。
ほどなくして店員さんの「36番でお待ちのお客様」の声に受け取りカウンターへと向かい 少しばかり不安定なそれを受け取った。
調理場の奥の方で研修を受けたばかりのような学生アルバイトの子が笑顔とはいえない笑みを浮かべ心配そうにこちらを見ていた。
私は気づかない振りで店内のイートイン・スペースへと移動した。

ソフトクリームをスプーンで食べていると、母親に連れられた4、5才の男の子が見て通るのを感じた。
羨ましいのか、それとも食事の時間におやつを頬張るお姉さんを好奇の目で見ていたのだろうか。
確かに今日は暖かいとはいえ、この時期この時間に、しかも一人で店内の隅でソフトクリームを食べている光景は珍しいものに見えたのだろう。 
しかも、手の中のそれは10分と経たずして腹の中へと消えつつあった。
このままでは、間(ま)が持たない。
といってペースを遅くして食べるわけにもいかない代物。そのまま食べきってしまった。
その後、ミント系のガムを買ってコンビニを出た。
行き先は真っすぐあの公園だった。

ほんの30分足らずというのに ずいぶん日が翳ってきたようだ。
(少し早いけど公園へ行ってみよ)
私は心の端にまた会いたいと願っている自分がいることに気づいたが否定する気は不思議と起きなかった。
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わずか200歩ほどの坂をあがった展望公園。
なのにすべてを見渡せる気がする景観。
そこに居るちっぽけな私。
ー嫌いだった自分。
ー嫌いだった私を取り巻く生活。
ー嫌いだったあれこれ・・・
なのに今、少し気持ちが違う。・・そう思う。
ほんのわずかな時間の悪戯。
自分の中の変化。
音をたてて弾けそうな胸の高鳴り。
今までの私の破片がキラキラと飛び散っていく。
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展望公園に辿り着いた私は西の空を見渡した。
「ほんと、雲が減ってる。」
「はあ、間に合った。」
息を切らし私の横に現れたのは、先ほどの男性だった。
「やっぱり君も来たんだね。」
「別に貴方に言われたからじゃあ・・。」
私は相変わらずの口調でその人に答えた。
作品名:桜の頃 作家名:甜茶