小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

かがり水に映る月

INDEX|27ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

08.月下美人を見ると思い出すあなたが伏せた悲しい瞳(4/4)



「夜の散歩って、気持ちいいのね」
結局、家に一度戻った後、着替えてもう一度出かけるという面倒なお願いに巻き込まれ、英人は公園のベンチでうとうとしながら月の相手をしていた。
何度「似合ってる?」と聞かれたことか。そんなに今までの服が嫌だったのだろうか。
追っ手の二人が来てからの月の行動は、理解が追いつかない。

「(月はまだ、欠けきるまでには時間がある)」
ついには黙ってしまった英人の隣で、空を見上げる月。それは、緩みきった先ほどまでとは違い、真剣だった。
月は半分ほど姿を隠しただろうか。まだ、朔までは長い。
だが、それまでに追っ手の二人は勝負のかたをつけてくるだろう。それが明日なのか、その先なのかはわからない。
「……言わなきゃ。それまでに」
独りごちる。ぎゅっと握った掌は、決意と無力さの両方を掴んで離さなかった。

「英人」
「……」
「英人?」
「……」
かくん、と傾く頭。どうやら、耐え切れずに眠ってしまったらしい。そんなに寒さが厳しい夜ではないが、放っておけば体を冷やすことだろう。
起こすのは簡単だ。
かついで帰宅するのも簡単だ。
だが、月はあえてそれをどちらもしなかった。英人を自らの肩に引き寄せて、体重を預けさせる。
「風邪ひいたら、責任とるからね……それでいいわよね」
だから。
だから、このまま、もう少しだけ。
夜が明けなければいいのにと月は思った。全てから逃げきる手段は、それしかないとわかっていた。
頭が、ずきりと痛む。いつあの二人が再び現れるのかと思うと、身がきしむ。
英人を、そして己を守るためなら、あの二人と戦うということもあるかもしれない。

「ごめんね、英人」
月は、英人をベンチに横たえると、自ら着込んでいた上着をかけてやり、その場を少し離れた場所に立った。
神経を研ぎ澄まし、夜の空気を全身で感じる。
刹那、闇に閃く刃。ナイフを逆手に構え、月は空気を切り裂いた。
ここが、首。
ここが、心臓。
相手がこの体勢を取れば、このやり方で弱点へと刃が届く。勝負は決する。
体と心の両方で描き出すイメージ。
「……あまり、英人にそんなところを見せたくはないけれど」
最悪の展開より、それはずっとましだ。第一、英人だって二人のことを敵と認知してくれている。
正当防衛だと理解してくれればそれが一番理想的なのだが――。

そのまま何度かの素振りを繰り返した後、月は英人を揺さぶり起こそうとした。
「……ん」
だが、よっぽど疲れていたらしい。起きる様子もなく、凍死する人間はこういう類の人間なんじゃないかと月は苦笑した。
仕方ないと、己の背中におぶる。よいしょ、と体勢を整えて、月は二人の家へと歩き出した。


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴