小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

かがり水に映る月

INDEX|12ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

04.夢見る吸血鬼の素顔は鏡に映る?(2/4)



「あれが、見えたから」
月が指さした先は、すぐにわかった。棚の上の写真立てである。
その枠の中で、写真は時を止めていた。この部屋に引っ越してきた際に撮った、英人と真のツーショット。
二人が、お互いのいる生活をはじめるスタート地点で撮った記念の写真。
「どういうことだよ」
「あなたの恋人、真は髪が私より短いわ。ずっと短い。だから、真似しようと思って。同じにしようと」
「は!?」
ふらつきに耐えきれず、床にへたりこんだ英人は素っ頓狂な声をあげる。
月の思考に、完全についていけていなかった。確かに自分は月ではなく真を求めている。
髪を同じにした日には面影を重ねることがまた更に容易になるだろう。でも、いや、しかし。
「だって、私はここにいなくちゃいけないんだもの」
「……」
「真という人間を演じなきゃいけないのなら、なんだってする」
「もういい」
「英人?」
「新聞紙敷くから、ちょっとそのままでいて。で、敷いたらそこに座って」
「英人……」
「お前の切り方じゃ、似ないよ。ガタガタだ。手伝うから、言う通りにして」

断髪は、意外と難儀した。髪の長さと量が半端ではないのだ。途中から敷いている新聞紙を増やし、床に散らばらないようにする。
綺麗な髪なのに、もったいない。英人はそう思うのだが、月は頑固なのでどうしようもない。
それに、ハサミを入れるたびにかつての恋人の面影に近づくそのさまに、惹かれていないと言い切れる事もなかった。
長さを揃え終わり、あとは不自然にならないよう縦にハサミを入れていく。
結局、肩を過ぎるボブになった。
「……記憶は、伝わらないのよね」
「うん?」
おとなしかった月が、突然ひとりごちるようにつぶやく。
「あなたの血を吸っても、あなたのことがわかるわけじゃないってこと。だから、外見だけでもと思って」
ひどく一途だった。
ひどく健気だった。
だが、彼女は真ではない。人間でもない。英人は、返す言葉に迷い、結果無言で返事をすることとなった。
血液に記憶情報は書き込まれていない。相手の体調は知れるかもしれないが、記憶の海を探るには結局脳しかないのか。
彼女は、必死に真のことを知りたいと望んでいる。そして、そのために動いている。
だからこそ、こんなにも切なげに言葉をつむぐのだ。
思わず、英人はハサミを動かす手を止めてしまう。
返事を見つけるまで、時間を要した。
「もう、いいよ」
「え?」
「家にこもるだけなら、いてくれても構わない。ただしご近所さんに知られるなよ。外に絶対に出るなよ」
――自分がどれだけ非常識なことを言っているか、自覚はあった。
危なっかしいことこの上ない。だが、この数十時間で――月は確かに、自分の孤独に触れ、癒してくれている。
今はまだ多少だが、この先はもっとその癒しは増すはずだ。
それを手に入れることができるなら、賭けてみてもいいかもしれない。
「……ありがと。英人」
鏡越しに、月の表情が見えた。
今にも泣きそうな顔で、微笑んでいた。

こうして、奇妙な二人の共同生活が始まる。


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴