小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

「哀恋草」 第九章 彼岸花

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

久も同様に疲れていた。みよもその場に座り込むほど疲れていた。なんとか居間に上がって、弥生の用意した粥を三人はすすり始めた。奥の部屋から志乃が顔を出して、近寄ってきた。

「ご苦労様でしたね。疲れたでしょう。そうじゃ、光殿、あの時のように今宵もご一緒しましょう!わかりますね?」
「あっ・・・はい・・・志乃どの。しばらく横にいたしとうございます。すぐに起きますので、それからにしとうございます」
「構いませぬよ。少しお休みなされませ」

三人はもう横になって寝息を立て始めていた。この日の夕刻に勝秀が討ち死にしたことなど予想だに出来ない作蔵家の女達だった。作蔵は生暖かい風が吹き抜ける庭先で、一人これからのことを考えていた。久や光のこと、弥生と志乃のこと、そして娘みよのこと。妻の桐の寿命や吉野の兄のこと。遠くへ旅立った義経主従のことも気になることであった。

夕刻になって光は目が覚めた。夕餉の支度を弥生と久が手伝っていた。みよはまだ眠っていた。厨に向かった光は、弥生たちに「することがないから、休んでいなされ」と追い返された。外は夕焼けが美しい雲ひとつない茜色の景色に変わっていた。

「こんな美しい光景をゆっくりと眺めるのは、久しぶり・・・」
すこし庭先を過ぎて、小高くなった裏山に登り、吉野方向が見渡せる場所で腰を下ろし、持ってきた笛を、久しぶりに奏でた。澄んだその音色は天にも届いたのか、日が暮れることをも躊躇しているかのように時間が止まっていた。どれほど吹いていただろう。すっかりと青空は暗く変わり、山裾にわずかの赤みを残す、時間になっていた。

吹いていた風が止み、晴れていた天が少し黒ずんで光のいる辺りはもう真っ暗になっていた。足元がおぼつかないようにして下り始めた光の後ろから、声が聞こえた。振り返ってその方向を見た光の目には、はっきりと父、勝秀の姿が写っていた。

「父上!なぜそのようなところに居られまするのじゃ?何故でござりまする!」
返事はない。勝秀は黙っている。
「何故お返事されませぬ?父上ではござらぬのですか?」
光はその方向に走り寄っていった。しかし、距離が縮まらない。
「父上!返事を下され!お願いでございます・・・」
もう半泣き状態になっていた。さらに走り寄ろうとするが、近づけない。
「夢を見ているのでござりましょうか・・・このようなところに父上が来られるはずがない」
目を瞑り、しばらくして目を開けた。勝秀はもうそこには居なかった。

作蔵は久しぶりに大勢での夕餉の時間を楽しんでいた。志乃の懸命の介護で桐も少し元気を取り戻していた。酒をみんなに注ぎながら、今までの苦労をねぎらっていた。光は、先ほど裏手で自分が見たことを語り始めた。

「久殿・・・不思議なことがござりました。いつもの高台から降りてきた場所で、父上の姿を見たのです。話しかけましたが、お返事もなく消えてしまわれました。私は何か夢を見ていたのでしょうか?それともお話にならない訳がお在りだったのでしょうか・・・」
「光!そのようなこと、本当にあったのですか?」
「はい、誠でございます。はっきりとお姿見てござりまする」
「なんということ・・・久には不吉な予感がいたしまするぞ!」
「みよも、同じように感じました」

作蔵が助け舟を出した。
「勝秀殿は何かを告げたくて光の前に現れたのでしょう。だとすれば、後白河別邸にはもう居られぬということ。この場所をご存知ではござらぬゆえ・・・これは何かの知らせではあるまいかのう」

光は自分が見た父の姿にはっきりとは断言できないが、実物ではないような気配を感じ取っていた。ならば、それは幽霊?である。一気に胸の中に不安と悲しみが襲ってきた。真っ青になっている顔色を見て、志乃は声をかけた。

「気を落とされまするな。光殿の強い思いが幻を見させてくれたのでしょう。何も物言わぬがその証拠。無事本懐を遂げられて、きっと吉野に向かわれておられましょうぞ」

そう言われた光には、そう思いたい気持ちでいっぱいであったが、胸の不安は消えるどころか、ますます大きくなっていた。

勝秀の首を手にぶら下げて景時は守護職邸に戻ってきた。横になって休んでいた時政は、その姿を見て声が出なかった。何故二人が出会ったのかそれが疑問に感じていた。

「守護職殿、こやつは平勝秀と申すがそなたとそなたの家臣を襲った本人かのう?なかなか手ごわい相手じゃったが、この景時には通じなんだわ、ハハハ・・・どうじゃ?」

身震いがした時政ではあったが、うそをついた。

「平勝秀・・・とな。見知らぬ顔じゃ、どのような素性かは知らぬが、物盗りに落ちては、たいしたこともなかろう奴じゃろうて・・・景時どのにはお手間を取らせましたのう。ご苦労じゃった」
「そうでござるか・・・では、この首三条河原に晒し、見せしめといたそう。景時に刃向かう者は、たとえどのような者でもこうなるのじゃ!ということを知らしめねば・・・よろしいか?守護職殿」

末恐ろしい奴だと時政は思ったが、よかろう好きになされ、としか言いようがなかった。次の日の早朝、勝秀の首はまっすぐに南を向いて晒された。その方向は光の居る笠置に近い方角を向いていた。勝秀の魂はすでに体を抜け光のいる場所へ彷徨い出たのかも知れない。また、それは光の切ない願いを聞き届けるように引き寄せられた力のなせる事だったのかもしれない。やがて夜を向かえ、光は約束どおり、志乃と湯殿に向かった。ぬるい湯につかり、柔らかな温かみを満身に受けて、光は気持ちが少し和らいでいた。志乃との話もだんだん出来るようになっていた。

「志乃殿はこれからどうなさるおつもりですか?」
「まだ考えてはおりませぬ。弥生とともに生きるか、この身のみ仏門に入るか・・・わが身を大切にして、好いたお方が出来たら子供を育てて女らしゅう生きることも・・・欲が出てきました。どのような生き方を選ぼうとも、藤江様の供養を怠ることはござりませぬゆえ」
「光は、亡き維盛どのを忘れることが出来ませぬ・・・好きなお方に巡り合うという事は、考えられませぬ・・・」

志乃は光の言った維盛という名前を知っていた。なんということだろう。源平が争う世の中が生み出した奇縁を恨まずにはいられなかった。

「光どの、女子はやはり子を育てて母となり、幸せを感じるものです。好きな殿方に巡り合えるまで待っていては子も生めなくなってしまいまする。そなたのことを大切に思ってくれる人と添っておれば、次第に情が湧くというもの・・・志乃はそう思いまする」
「それは光にもわかることでございます。こんな世に生まれて、おおらかに恋をするなどという事は叶いませぬ・・・されど、私のことを愛してくださった、いえ、そう信じております維盛さまのお心にそむくような事は・・・この身体を清らかに保つことだけが私に出来る亡きお方の魂に報いることだと、そう考えております」