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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 どうしてこんな事になったのか、その理由さえ判れば、きっとソルティーは自分の知っている元の彼に戻ると思っていた。
 しかし、居間に入って扉を閉めた途端ハーパーが吐き出した言葉は、想像出来る言葉ではなかった。
「我は判断を誤ったのかも知れぬ」
「どういう事……」
「過大な希望をお主に抱き過ぎた。お主なら、主を支えられると思っていたが、結果としてそれが仇となった」
 向き合い恒河沙を見下ろしながら、その目は彼を見ていなかった。
「仇になったって……どういう事だよ! 俺、やっぱり何かしたのかっ?!」
 ハーパーの言っている事が理解出来ず、いや、理解したくなくて恒河沙は精一杯背伸びをして彼と目を合わそうとする。
 理由を言われるなら納得も出来るが、ただ期待を裏切られたと言われただけでは、引き下がれるものも引き下がれない。
「理由教えろよ! 俺、何度だって謝るから、ソルティーが許してくれるまで、謝るから」
「我はお主に何と言って主の事を頼んだっ!」
 恒河沙の体を払い除け、ハーパーは声を抑える事も出来ずに怒鳴った。
「心の支えと成ってくれと頼んだ筈ではないか。主にはお主だけが拠り所だった、それ故にずっと隠そうとしてきた。その様な事は、お主には与り知らぬ事かも知れぬ、しかし、我はこうも言って居った筈、主に剣を使わせるなと!!」
 ハーパーに振り払われ、床に倒れ込んだまま恒河沙は、彼の言葉を呆然と聞いた。
「主はお主にだけは知られたくなかったのだ。嫌われたくなかったのだ」
「何でそうなるんだよっ、俺がソルティーの事嫌いになるはずなんかないっ!!」
「ならば何故あの時、あの様な目で主を見たのだ!」
「あの時……?」
「主が他の者と如何様に違うと言うのだ! お主達を助ける為に、仕方なく剣を使ったのではないか! それを事も在ろうに、お主達は主を化け物の様に見つめ……、一言の言葉も無かったではないかっ!!!」
 ハーパーの声は慟哭に近く、彼が人と同じ姿ならばどれだけ怒りの形相となって現れていただろうか。
 ただそこまで突き付けられて漸く、恒河沙は憎しみと悔恨の宿る言葉の意味を知った。
 そして何も言えなくなった。
「主はお主達に何か悪意の在る行動を示したか? お主の気に障る言葉を一度でも口にしたか? 主はずっとお主に知られる事を恐れ、それ故に隠していただけではないか。知られればこうなると判っていたから、主は恐れていただけではないか。それをお主は、謝ればそれで済むと思うのか。あの時のお主達の目が無くなると思っているのか」
 ソルティーの言葉を代弁するつもりは無くとも、問い掛ける言葉は止まらない。
 例え自分を見上げる瞳から生気が消え、本当に聞こえているか定かでなくなっても、途中で溜飲を下す事は出来なかった。
 ただ責めを負わせたかったのだ。
 もしかすればこれが最後だったかも知れない機会を、この様な形で壊してしまった罪を。
「もしも主がそれを許したとしても、我は決してお主の、言葉無き言葉を許しはせぬ」
 降り注ぐハーパーの言葉が次々と体を胸を刺し貫く様な中で、恒河沙は瞬きさえも忘れていた。
 ただ彼の憎しみの言葉を受け、嫌悪の隠った眼差しを受けるだけで、頭の中は真っ白になり、途中から彼の声さえもが訳の判らない物へと変わっていく。
 ただ判っているのは、前の様にはならないのだという事だけ。

『主は今でも決してお主を嫌っては居らぬ。それだけは信じてくれまいか』

 そう今の様に、言葉でソルティーに傷を負わせた時に、ハーパーはそう言ってくれた。
 信じろと、傍に居ろと、支えろと。
 それなのに彼は同じ声で告げる。
「お主に頼んだ事が取り返しのつかぬ仇となった。我の間違いだ」
 そしてこれを最後にハーパーは部屋を去ったが、恒河沙はその事さえも気付かぬ様に、何も見えなくなった空を見つめた。
 何もかもが遠い感覚に思え、どれだけそうしていたのかも判らない中で、やっと喉を押し上げたのは、
「だって……」
 そんな呟きだった。
「だって……ソルティ……先に居たんだ……」
 まるでハーパーの問い掛けがやっと今届いたかの様に、恒河沙は譫言の様に声を出す。
「気がついたら……彼処にいて……止められなかったから……」
 そこまで呟き、しかし次の瞬間、目の前の何かに怯える様にギュッと目を瞑った。
 脳裏に浮かんだのは闇の様な輝きを放つ剣と、彼の瞳。まるで晴れ渡った空がそのまま宿った様な瞳ではなく、深い洞窟の先で待ち受けている恐ろしい物の全てを宿した様な瞳の色。

『私はお前に隠し通すよ、嫌われたくないから』

「ソルティ……」
 彼は知っていたのだろう。理解できない物に対する“普通”の反応と言う物を。そしてそれが如何に心を傷付けるかを。
 だからこそ彼は恒河沙を普通だと言えたのかも知れない。己を知り尽くす故に、寛容な心が持てたのかも知れない。そして確かに彼の言葉のままに、恒河沙は普通の反応を見せた。
「俺だって……だけどあの時……俺……俺は……」
 糸の切れた人形の様に恒河沙はガクンと項垂れ、その空虚な視線の先には自分の両手があった。
 力有る剣を握り、それを使うべき時に使わなかった両手が。
 何時も何時も、恒河沙が気付くのは後になってからだ。
 誰にだって知られたくない事の一つや二つは必ずある。恒河沙にだって在った。それを何時もソルティーは絶対に否定しなかった。ずっと認めてくれていた。
 だが恒河沙はあの時自分が恐れられる事を恐れ、そうでありながら自分の代わりに前へと踏み出したソルティーを……。
「……あ……あ……うぁぁああああああああああああああああああああっっ!!」
 ハーパーの言う様に、取り返しのつかない事をしてしまった。ソルティーを追い詰め、隠そうとしていた事を暴き出し、そして最低な形で傷付けた。
 喉が張り裂けそうな位の叫びを上げながら、恒河沙は壁に立て掛けてあった大剣へと駆けより、渾身の力で床に叩き付けた。
「くそっ!! 返せよっ!! 俺の目返せよッ!!!」
 今は閉じて見えない場所に爪を立てても傷一つつきはしない。
「返せっ!! 返せよ……力なんか要らないから……返してくれよ……」
 それが何の意味もない事は判っていた。
 ただもし自分に力がなければ、あの時に躊躇う事もなく、こんなにも後悔する事はなかった。そうした気持ちがあまりにも大きくなりすぎ、何かに責任を押し付けなければ心が潰れてしまいそうになる。
 それでも恒河沙がどれだけ大剣を痛めつけようと、傷一つ入れられない事と同じに、過ぎてしまった出来事は変えられない。
 大事だと言いながら、好きだと言いながら、自分のしてしまった事は、彼の気持ちを踏みにじる事だけだった。たった一人だけ、今の自分を理解してくれた人を、理解して上げられなかった。
 ミルナリスの時とは違う。
 誤解が在った訳ではない。
「嫌だ…嫌だ……嫌だ……」
 頭を抱え込み、もうどうにもならない事を否定する。
 これ以上無い程泣きたいのに、涙は全く出てこない。