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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 当たり前の様に其処に現れたミルナリスは、後ろからソルティーを抱き締める。
「出来るなら、もうとっくにそうしている。しかし私は、そんなに強くない。逃げ出す勇気が無いんだ」
「可哀想な人……。出来る事なら私が助けて差し上げたい……」
 心の込められた彼女の言葉を、ソルティーはゆっくりと首を振って断った。
 ミルナリスの優しさに縋るのだけは、どうしても許される事ではなかったから。
 ソルティーの気持ちが分かったのか、ミルナリスは腕を放すと彼の前まで移動し、顔を覆った両手に触れその手をそこから取り去った。
「矢張り私では、貴方の愛する人には成れないのかしら?」
 自らを哀れむ笑みを見せ、ソルティーの涙を唇で拭う。
「自分と違う自分を創りだし、その人生を見るのは楽しいか?」
「そう思いまして?」
 皮肉を込めたソルティーの言葉に、非難めいた言葉を返す。
 ソルティーは彼女の言葉に首を振り、一言謝った。
「私は永遠にこの姿でしか居られないのですわ。子供の姿のまま、子を成す事も出来ず、普通の女性には決して成れない。自分が望む姿を見る事が、唯一の私の楽しみですの」
「辛いと思わないのか? どんなに足掻いても、そう成れないのに……」
「辛いですわ。時折気が狂いそうになります。でも、そうでもしない事には、愛する事を忘れてしまいそうになりますから」
 そう言ってミルナリスは、愛おしそうにソルティーの自分の胸に抱き寄せた。
「だから貴方を選んでしまったのかも知れない。貴方を初めて見た瞬間、凍っていた筈の心を動かされる何かを感じ、貴方を知って全ての疑問が符合へと変化しましたわ。――貴方は私。どんなに求めても手に入れられない現実に、抗う術を持てない私と同じだから、私は貴方を選んだ」
「それは愛とは言わない。傷を舐め合うだけだ」
「それでも、愛しているわ。貴方の心が判るのは私だけですもの、誰にもこの想いは判らなくても、貴方だけは判って下さる筈」
「ミルナリス……」
 彼女の胸から離れ、見ようとした顔は直ぐ近くまで迫っていた。
 背く事も出来ず唇を深く併せる。
「少し、場所を変えましょうか」
 濡れたソルティーの唇を可愛い舌で舐めながら艶やかな笑みを見せ、ミルナリスはソルティーを連れて波紋の中にその身を潜らせた。


episode.25 fin