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青息吐息日記

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 佐名明美は狼狽していた。
 俺を乗せずに離れていくバスを呆然と見送る。十分近く座っている冷たいベンチの感触が、やけに堅いことに気付いた。尻が痛い。
 木津にメールをする。
『瀬古と小金井さん 知ってる?』
 何が? としか言いようがない文面に、一分もしないうちに返事が来た。携帯の画面には『木津信平』の文字の横に、携帯が勝手に判断するニコニコ顔が表示された。
『付き合ってるってこと? 知ってるよー
 由香里ちゃんは、今更気付くとか…(笑)って言ってる』

 俺だけかよ……。

 それに加えて、木津は今この瞬間芝と一緒にいるんだな、と考えると更に胸が苦しくなる。……胸が苦しくなるだって。
 それにしても、ここ最近のツイてなさは異常じゃないのか?
 誕生日の夜のこと、誘拐された早川の噂、バスに二人で乗ってる瀬古と小金井さん、休日も一緒にいる木津と芝。考えないといけないことと、考えてもわからないこと、あまり考えたくないこと。ちっさい町の中で、自分だけが取り残されてる感じ。
 ため息といっしょに力が抜けて、もうここから動きたくなくなった。

 バスは、来ない。

          *

 土曜日、家にいるのも何だか窮屈で、歩いて一時間くらいの大型書店に行く。あえてバスは乗らない。歩きたい気分だった。雑誌を立ち読みして、テスト前なのに新刊の漫画二冊を買う。近くのファーストフード店で昼飯を食べながら、一応持ってきていた世界史の教科書を読む。そして百円メニューで三時間粘る。客は入れ替わり立ち替わりするが、どの店員も俺のことなんか気にかけない。
 教科書の暗記に飽きて、漫画も読み終わる。日が暮れかけていた。さすがに帰りも徒歩はキツかったので、バス停を探す。学校や図書館前を経由してくるバスは、もうすぐ来るようだった。
 早川のことを考える。
 同じクラスで、一ヶ月以上学校に来てなくて、誘拐されたらしい奴。大人っぽくって、手足がすらっと長くって、俺よりも背が3センチくらい高い奴。俺よりも走るのが速い奴。夏祭りでは浴衣を着てこなかった奴。それ以降、メールしても返さない奴。

 ……ちょっとむかついてきた。

 なんて思っているうちに、瀬古と小金井さんを乗せたバスはやって来る。俺は私服姿の二人を見てびっくりして、何となく状況が掴めるとすでにバスの扉は閉まっていて、助かった、とか何が助かったのかわからないことを思ってドキドキする。すぐさま木津にメールして、芝の余計な一言にいらつきながらも自分の鈍感さにへこみ、木津はいつもワンテンポ遅れてて鈍くさいけど周りの状況は案外よく見えてるんだな、とか、それにしても俺一人だけ気付いてなかったんだな、とか、瀬古と小金井さん、木津と芝、って彼女いないのも俺だけかよ、とか、どうせこの消化しきれない今の俺の気持ちなんて誰にもわかんないんだろうな、とか、木曜の夜よりもこっ恥ずかしいことをまたぐるぐる考えて、無性に早川にメールしたくなったけど、どうせ返事は返ってこない。が、とにかくすべてのことにムカついたから、早川にメールを送ってやった。

『今どこにいんの? 誘拐されたってマジ?』

 返信なんか期待してない。
 夏休み会ったとき、俺が何か嫌われるようなことをしたのかもしれないし、早川が学校に来ないことと関係してるのかもしれない。それに、本当に誘拐なんかされてたら携帯も触れないだろう。
 送信ボックスに残る俺の一方的なメールを思うと、途端に悔しくなる。削除しようともう一度を開くと、そのとき、短く携帯が震えた。

 早川からだった。

 メールに本文はない。
 添付データが一件。
 開いてみると、海の写真だった。

 夕日がちょうど沈みかけている、海の画像だ。オレンジ色の空と、それをキラキラ反射する海と砂浜の。タイトルは「XX1012_1712~01」で、ついさっき撮ったものだった。そこが実際どこなのかはわからないが、山に囲まれたこの田舎とは遠く離れたところに、早川がいることは確かだった。写メ送ってくるくらいだから、誘拐とか物騒な感じじゃないっぽくてとりあえず安心する。
 どうやって返そうかな、と思ってポチポチ文字を打ってみる。言いたいことはたくさんあった。なんで学校来ないの? とか、この前誕生日だったこととか、さっき見た瀬古と小金井さんのこととか、俺の家族のこととか……。でも、どんな話をどんなふうに書いても、しっくりこなかった。それに、今度はきっと返事はこないだろう。
 もう一度写真を見ると、なぜかあの言葉を思い出した。

 ──物事を自分で解決できないときは、誰かに相談しろ。

 でも、俺が抱える問題は俺自身が解決しなきゃいけない問題だし、瀬古たちのことはあいつらなりのやり方で、遅くても月曜にはわかることで、早川が今どうなっているかも、それは早川自身が解決していく問題なんだと思う。そのことで、俺は柄にもなく日記を書いたりして、自分なりに真剣に向き合ったつもりだったが、あの誕生日の夜からまともに親の顔見てないのも、テスト前に昼前から外に出て今こうしてバス停で時間を潰しているのも、自分の居場所がないって勝手に思ってる家に無意識にいたくないってだけで、俺が解決しないといけない問題から逃げているだけだ。俺は、全然ちゃんと向き合ってない。
「いずれ時が解決することもあるわ」と学校に来なくなった早川について訊いたときに担任は言っていたが、教師としてその発言はどうかと思うけど、たしかに時間が経って初めて受け入れられることもあるんだろう。悩みを人に相談して解消することもあるだろうし、無理に自分で納得するやり方もある。本人がそれでよければだけど。
 ただどんな方法でも絶対に必要なことは、自分でその問題にちゃんと向き合うことだ。考えることをやめないことだ。自分は考えてる、向き合ってる、って言いながら日記を書いて満足したり、友達に相談したいけどでもこんなこと言えない……なんて深刻ぶってるだけじゃ駄目だ。

 自分の思考を手放してはいけない。

 俺は今、何を考えているんだろう? 何を考えなきゃいけないんだろう? 考えなきゃいけないことの大半は、考えたくないことだ。俺は家族について考えなくちゃいけない。母親のこと、父親のこと、本当の父親のこと。
 でもそれって、本当に考えるだけで意味はあるんだろうか? 俺が一人で考えて解決するものなんだろうか? 考えることが大事、ってそんなのは今どうでもいいことだし、「母親のことも、父親のことも、好きだと思う」なんて、当たり前すぎて改めて言うことじゃない。
 最初から、答えなんて出ていたのかもしれない。ちょっと複雑な問題だからって、一気にいろんなことが起こったように感じたからって、戸惑う必要なんてなかった。

 帰らなくては、と思う。

 家に帰らないといけない。
 家に帰って、母さんや父さんや和美と会って話さないといけない。
 いや、『いけない』んじゃなくて『したい』んだ。

 俺は、母さんと父さんと和美のいる家に、俺の家に帰りたい。

          *

 遠くにバスが見える。
 少し薄暗くなった道をライトで照らしながら走ってくる。
作品名:青息吐息日記 作家名:瀬野あたる