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てっしゅう
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深淵 最上の愛 第四章

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「アホ!一般人一人死なせて、一人大怪我させて、社会問題になっとるんやぞ。見せしめや・・・警察は断固として処罰を要求するで・・・マスコミも賛同するやろ。うちの警視正は美人刑事や。注目されとる。ええ、府警の宣伝やわ」
「お前らの方が暴力団より怖いやんけ・・・」
「知らんかったんか?可哀そうに・・・ハハハ」
「森岡はん、ええ死に方せえへんで」
「うるさい!俺はな人助けしてみんなから慕われとるねん。口は悪いかも知れんけど、心は優しいねん・・・どうや、死刑にならんように俺にすがってみたら?考えたるで、全部喋ったらな」
「こんな世界に足突っ込んどるんや。死ぬことなんか怖わないわ」
「そうか、仕方ないな・・・あの弁護士さん呼んで弁護してもらい。まあ、あいつも罪は重くないけど、一緒に逮捕させてもらうから・・・出けへんな、ハハハ」
「あんまりえぐいことしたら、森岡はんもあの女刑事さんも、やられまっせ。甘く見たら大間違いや。覚えておき」
「ふん!チンピラが、偉そうに。一樹会も山中組も潰したる。お前がまずその先陣や。血祭りにあげて他の奴らも誘き出したるから、そう思え」
「怖いこと言うな・・・あんた世界が違ったら大物になったのに、惜しいわ」
「アホか。俺はな、正義の味方や。この世界でもトップに立つんや。まあ、お前は13階段を昇ってる頃やろうから、見られへんけどな」

籾山は森岡の厳しい尋問にだんだん弱気になり始めていた。本当に死刑になるかも知れないと思い始めた。

テレビのニュースで籾山の逮捕を知った戸村は直ぐに水島に相談した。

「やばいことになりましたね。隠れたほうがいいですか?」
「戸村、せやな・・・神戸は離れろ。行くとこあるか?」
「指名手配されるやろうから・・・難しいですね」
「そうやな・・・灯台下暗しって言うから、ここの方が逆に安全かも知れんな」
「組員の家に隠れてるか?幹部連中はきっと家宅捜査されよるやろ。あんまり知られてへん奴がええな。それとも女おるか?」
「いえ、夏海しか居りませんでしたから」
「そうやな・・・お前は一人しか相手にせんかったからな。こんな時に困るんやで。覚えておきや」
「すんません」
「謝らんかてええねん。純真な心を残しとるのもお前の魅力やからな。どこぞの女に頼もうか?」
「いえ、それは・・・何とか隠れてみますわ」
「連絡はしてくれよ。いざとなったら、船で向こうに渡らせるから」
「おおきに・・・水島さん、組が危なくなったら俺のこと破門して責任押し付けてください。今まで育ててもらったお礼です。死んで借り換えしますから」
「アホ!お前を死なせて俺がぬくぬくと生きて行けると思っとるんか!何年一緒に苦労してきたんや。弟を売るようなことをする奴はこの世界でも生きて行かれへんで」
「嬉しいです・・・」

戸村は自分が死のうと思った。17歳の頃から本当に可愛がってくれた水島の安全を脅かしてはいけないと考えた。世話をしてくれた山中会長にも父親のように愛情を感じていた。もともと震災で自分も死ぬはずだったと思えば、ちょっと長生き出来た事に感謝こそすれ、恨むような気持ちは無かった。

最後にと思って、両親が死んだ昔の家の前に車を走らせた。花束を持って今は違う住まいになっているその前にそっと置いて帰ろうと思ったのだ。

「警部、何と言ったの。名前をもう一度言ってみて!」
別室で及川から聞かされた重要参考人の名前に絵美は耳を疑った。


「はい、戸村翔太33歳です」
「出身は?」
「東京らしいですわ。夏海も詳しくは知らんて言うとります」
「東京・・・33歳・・・同姓同名?そんな事ってあるのかしら」
「今、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、独り言よ。気にしないで。ありがとう、お手柄ね。さすが仏の及川さんね。吐かせるのが上手い」
「おおきに。警視正に初めて褒めてもらえましたわ。ほんまに嬉しいです」
「あなたの実力よ。これからも力を貸してくださいね」
「はい!ありがとうございます」及川は敬礼をして絵美の言葉に答えた。

籾山の取調べを森岡に任せて、絵美は一人で捜査課のソファーに腰を下ろして考えごとをしていた。午後からの記者会見の原稿をテーブルの上に置いたまま、書き加えることもせず目を瞑ってじっとしていた。
東京駅で最後の別れをしたあの時のキスを思い浮かべながら、戸村が生きているとしたらどんな風に変わっているのだろうか、想像した。まさか殺人事件の捜査中に行方不明だった翔太の名前を聞くなんて絶対に信じたくは無かった。これは何かの間違いか、同姓同名の他人であるとしか今は考えられなかった。あんなに優しく、自分にも厳しかった翔太がやくざになって人殺しをするだなんて、天地がひっくり返っても絵美には受け入れることが出来ないことだった。

気持ちを取り直して、軽く昼食を済ませて記者会見に臨んだ。

「お待たせしました。早川警視正です」そう言うと、拍手がした。
「困りますね・・・芸能人じゃないんですよ!止めてくださいね」絵美は釘を刺した。一通り経過と逮捕した籾山容疑者に関して話せる部分は公表した。質問が来て、黒幕を尋ねられたが、その件に関しては調査中とだけ返事をした。

記者会見を終えて絵美は少し外出してくると及川と森岡に言い残して出かけていった。
「警視正、お戻りは?」
「うん、そんなにかからないから・・・夕方までには帰ってくる」
「はい、何かあったら駆けつけますので連絡してください」
「ありがとう、森岡くん・・・そうだ、朋子さん誘ってあげてね。捜査も次の段階に入るから、休みとりなさい」
「ええ、そうします。ありがとうございます」

地下鉄で梅田まで行き、JR兵庫駅から歩いて、記憶をたどるように95年の雨の日に来た翔太の住んでいた場所に向かっていた。

昨日から徹夜で仕事をしていたので着替えてないことに気付き、ロッカーにつるしてあった私服に着替えて絵美は出かけた。そのほうが気分的にも昔の自分に戻れると思ったからだ。赴任してきた時から大切に仕舞って置いた、思い出の服を着て署を出た。

「この辺だわ・・・すっかりと変わってしまったのね。随分と来ていないということね。翔太、ゴメンなさい。あなたのこと忘れた訳じゃないのよ。毎日辛かったわ。こんな仕事しているからなかなか時間が取れなくて。今日は大変なことがあったのよ。あなたと同姓同名の男性が現れたの・・・もう、びっくりして・・・ちょっと疑っちゃった。そんなことする訳ないものね、翔太は。許して・・・謝りに来たの。ねえ?この服可愛いでしょ?覚えている、あなたと最後に会ったときに着ていた物よ。ずっととってあったの・・・翔太・・・違うって言って・・・違うって・・・」

絵美はその場にしゃがみこんでしまった。

黒いベンツが近くを通り過ぎた。そしてブレーキがかかる音が聞こえた。振り向いた絵美の視線に入ったものは、間違いなく戸村翔太の今の姿だった。

「絵美!絵美か!」
「翔太!翔太なのね・・・」
言葉にならなかった。じっと見詰め合って、絵美も翔太もその場を動こうとはしなかった。いや、出来なかったのだ。