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ひとり芝居

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ひとり芝居



 坂井俊彦が定期入れをどこかで落としたのは、昨夜のことだった。今日は仕方なく現金でバスに乗り、切符を買って電車に乗車した。落としたのはどこか。彼はそれをずっと考えているのだが、思い当たる場面がイメージできない。定期入れには定期券以外のものも入れていたかも知れないとも思うのだが、それが何か、となるとそれもはっきりしない。
 つい先程、午後八時前に坂井が帰宅すると、携帯電話に着信した。
「もしもし。坂井さんでしょうか?」
 聞き覚えのない声だった。定期入れを拾ってくれた女性からだと、坂井は確信した。
「はい。坂井です」
「こんばんは。わたし、西川めぐみと云います。坂井俊彦さんの定期券を拾ったので、警察に届けようかとも思いましたけど、携帯電話の番号が書いてあったので……」
 真面目そうな話し振りと、その声の感じは、坂井の好みに合っていると思った。職業は勿論判らないのだが、銀行員だと云われたら、決して誰も疑うことはないだろうと思い、年齢は彼より少し若いかも知れない、とも思った。但しラジオを聞いていると、時々声だけが若い女性の存在を認識させられる。わざと女子高生風を装い、それらしいことばを使う五十代の女性が居たりするので、油断はできない。
作品名:ひとり芝居 作家名:マナーモード