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Reborn

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 人を信じることはできるだろうか。人を信じるといってもいろいろだ。「あの人は頭の固い人だと思ってたんだけど、意外と融通がきくね。」このとき、あの人は頭が固いと信じるのは簡単だ。なぜなら裏切られても平気だから。むしろ、この場合裏切ってくれた方が嬉しいわけだ。意外と融通がきいた方がいいに決まってる。だが、普通に「人を信じる」というときは、相手の良い部分を信じるのだ。相手の愛情、相手の友情、相手の誠実さ、相手の真摯さ、そういう良い部分を信じることが「人を信じる」ということの意味だ。
 信じるということは信じられるということだ。お互い会話をするように、お互い手を差し出すように、人は相手に向かって信じる矢印を伸ばし、逆に相手からも信じる矢印を伸ばされる。その矢印に沿って相手が期待通りの行動をすることを、人は望んでいる。声をかければ返事をくれる。困っていれば助けてくれる。お金を貸せば返してくれる。逆に、相手の差し出す矢印に沿って自分も行動しなければならない。それが責任だ。信じる矢印と信じられる矢印がぐるぐる絡み合うところで人は関わり合っている。
 その信じる矢印に相手が従わないことがある。自分が差し出した方向とは別の方向に動くことがある。挨拶をしても無視をする。約束を守らない。自分が差し出した矢印がぐにゃっと捻じ曲げられる、拒絶されて反射されてこちら向きになってしまう。お互いの矢印は、本来ぐるぐる絡み合っているはずなのに、それがほどかれて、あらぬ方向に屈折させられたりしてしまう。
 この信じる矢印、信じられる矢印は、常に快楽の方を向いているし、二つの矢印が互いに絡み合う状態も快楽だ。人を信じること、人に信じられること、それが人間愛の完成であり、そこに快楽が伴う。だが、この矢印が屈折され、裏切られるとき、それでも人間はどこかに快楽を感じるのだ。あらぬ方向を向いた矢印の向かう先は絶望かもしれない。だがその絶望の中にも快楽があったりするのである。人間の発する矢印は、結局いつでも快楽の方を向いている。あまりにもたくさんの矢印を四方八方に広がらせるものだから、人間の周りには快楽を求めるアメーバみたいなのがだらしなく広がっているだけだ。そのアメーバの手の一本が、信じる矢印だ。
「俺は哲学についても親友がいたんだけどね。」
ふきのやでチャーシューメンを食べながら私は話し始めた。食べながら話すのは難しい。食べる欲求と話したい欲求がぶつかり合う。食べたいから食べると口の中にいっぱいになり話せない。でも話したいから話していると今度は逆に食べられない。そのぶつかり合いをうまいこと調停して私は話し始めた。
「その人は一流企業の法務部に就職した。別に国家試験を受ける人ばかりじゃないんだ。」
私はまた箸で麺をつかみ、すす、と音を立てて口に入れ始めた。ラーメンは口に入れるのが大変な食べ物だ。長い分だけ少し頑張って吸い込まないといけない。噛むのがひと段落ついてからまた話す。
「その人が、急に電話に出なくなっちゃったんだ。メールも返事をよこさない。」
私は水を飲む。友人はレンゲでスープをすすりながらこくこくと頷く。
「そしたら次の日、社交儀礼的なメールが来た。仕事が忙しいから、今までみたいなディープな話はできないって。俺はそれに対して「僕は人に裏切られることがままあったから、少しでも返事が来ないと、切られた、と感じるのかもしれません。」とメールしたんだ。それに対して、「八巻君、もっと人を信じていいよ! 切られるなんてことはないから!」というメールが来た。」
「まあそれが普通の人の反応だよね。」
友人は口の中の具合を見計らってタイミング良く相槌を打った。
「でもね、俺たちの関係はそういううわべだけの関係じゃなかったんだ。もっと人生の真相について語り合う関係だったんだ。それが、普通の人、社会人目線のメールで裏切られた。今までの彼だったら、人を信じることの哲学的な意味などの観点からメールをよこすはずだったんだ。それが急に社会人目線になった。俺は悲しかった。」
友人は話すかわりにこくこくと頷く。私はまた一口ラーメンをすすりこむ。しばらく互いに食べることに専念する。私は食べ終え、話し始める。
「俺は思った。お前に俺の何がわかる! 俺がくぐった地獄の何がわかるんだ! いや、簡単に「人を信じていいよ」なんて言うからね。そこで気付いたんだ。俺はいまだに人を信じれていない。それが俺のゆがみの源泉なんじゃないかなって。」
友人もほぼ同時に食べ終え、今度は本格的に話の相手をする。
「人を信じれないと人とちゃんとした関係が築けないからね。関係が築けないと孤独になったりするし、希薄な関係だと悪意も生じやすい。そういう状態だとトラブルが起きたりして一層人を信じれなくなる。」
「そうなんだ。人間不信は孤独や憎しみや空虚感の源泉になってるんだ。これ、どうにかなんないのかねえ。」
私は笑いながら言った。
「俺のことは信じてもいいよ。」
友人が真顔で言った。その真剣さに私はたじろいだ。私と友人は、人生のことなど気軽に話せる間柄だったが、その気軽さゆえにこそ深い話ができていたのだ。友人との話の内容はいつも重い。だが、話し方がとても軽い。内容の重さを話し方の軽さで中和して、私たちはうまいことバランスをとっていたのだ。友人はそのバランスを崩そうとしていた。重いことを軽く話すのではなく、重いことを重く話してしまった。
「もちろん信じてるよ。」
私は無理に笑顔を作って言った。友人に、帰って来い、と合図を送ったつもりだった。だが友人は、何か悲しいことを思い出しているかのような、深刻できりっとした表情をしていた。
「俺もどこかではね、人を信じてないんだ。いつ裏切られてもいいような心の準備ができてる。みんな何かしらの裏切りを経験してるもんだよ。俺はね、昔付き合ってた彼女に浮気されたことがあってね、それで別れちゃった。」
「え、そうだったの?」
「あ、これ初めて話すね。別れたことは知ってたと思うけど。原因は相手の浮気だったんだ。なんかサークルの先輩と仲良くなっちゃってね。「断り切れなかった」って言ってたんだけど、彼女の心が俺から離れていたのはもうわかってたんだ。」
友人の眼にはうっすらと涙がにじんでいた。
「うん、わかった、もういいよ。ごめん、俺が悪かった。もっと明るい話題にしよう。いずれにせよ、俺たちは信じ合ってるんだ。それで解決、はい終わり。」
私も悲しくなったのだが、それが友人の悲しみを分かち合ったものなのか、友人の悲しみに触発されて自分の悲しみが増殖したものなのか、自分の失恋のことも思い出したものなのか、分からなくなった。

作品名:Reborn 作家名:Beamte