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Reborn

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「俺には雄太が光って見えるよ。いいとこだらけに見えるけどなあ。」
「うん。そう言ってくれる人はいた。その話してもいい? 少し自慢話みたいになっちゃうけど。」
「ああどうぞ。」
「大学院で、俺のことを好きになってくれた人がいたんだ。大学院生でね。彼女は眼鏡がよく似合う、知的だけれどどこか幼さを残していて、でも時折とても鋭い表情を見せる娘だった。美人の部類に入るんじゃないかな。俺のことが好きなのは態度で分かってた。彼女が友達と話しながら歩いて来るんだけど、俺に気付くと急に話すのをやめて、体を変に強張らせて逃げるように建物に入って行くんだ。あるとき、彼女が前を歩いてた。俺が友達と話し始めたら、俺の声を聞いて驚いたように振り向いて、でも何事もなかったかのように装う。」
「なるほど。」
「あるとき、彼女の友人から、彼女が俺に話したいことがあるらしいと伝えられた。俺は人のいない演習室に入って電気を点けた。するとすぐに彼女が入ってきた。俺たちはこれまで挨拶をしたことはあってもまともに話したことはなかった。すると、彼女は少し上ずった声でこう訊いてきた。「あの、八巻さんって彼女いるんですか?」そのとき俺は彼女がいたから、「いますよ。」と答えた。彼女は「そうですか。」と言って、少し考え込む感じだった。おとなしくて同性からも異性からも好かれてる人だったな。そんな人を傷つけるのが俺はとても苦しかった。だが、彼女は練習した言葉を繰り返すようにこう言った。「私は八巻さんのことが好きなんです。」「ありがとう。でもあなたほどの人がもったいない。俺なんかよりずっとふさわしい人がいるはずです。俺には人間的な魅力などないんです。」すると彼女は言った。「それは違います!」大きな声だったから俺は驚いた。「あ、いえ、いいんです。どうかお幸せに。ただ、八巻さんは人間としてとても魅力的です。それだけは伝えたいです。では。」彼女はゆっくり何事もなかったかのように去って行った。彼女の去った後の空間には、俺にはもったいないほどの温かさと優しさがあった。」
「それでどうなったの?」
「俺は演習室の机に突っ伏して泣いたねえ。彼女が気の毒でならなかった。俺なんかを愛してくれて、俺なんかのせいで傷付いて、それでも俺を励ましてくれて。それに俺は自分が「魅力的」だと言われて嬉しかったんだ。俺は大学の頃グレてたから理解されず嫌われることが多かった。大学院でも「あいつはヤクザみたいなやつだ」と言われてた。だから自分に魅力なんか全くないと思ってたんだよ。」
「そっか。」
「このことは沙織には言わなかった。言うことが、告白してくれた、鈴木さんっていうんだけど、鈴木さんのことを裏切ることになると感じたんだ。俺は俺と沙織を勝者にしたくなかった。鈴木さんは普通の意味では敗者だけど、俺は彼女のことを勝者にしたかったんだ。俺は価値のない人間で、そんな価値のない人間に愛されている沙織もそれほどは価値がない。両想いになった時点で俺たちは負けたんだ。幸福になってしまった。それよりも、片想いで純真に人を愛し続ける鈴木さんの方がよっぽど美しい。勝者なんだ。」
 話しているうちに駅を一つ通り過ぎた。反対側のボックスにいて、イヤホンで音楽を聴きながらシートに持たれて目をつぶっていた30歳くらいの男が、イヤホンを片づけ、会社で使っているような事務的なバッグを持ち、ゆっくりと降りて行った。途中でなぜか私たちの方を見た。私もその人を凝視していたから同罪だが。こんな地方の駅に何の用があるのだろう。私はその人の行き先を知らない。その人が私の行き先を知らないように。だが、同じ時間同じ列車に乗って時空間を共有したのは事実だ。友人も私の未来を知らない。私が友人の未来を知らないように。だが私たちは現在を共有している。私たちはいつも、共有しているものと共有できないものの狭間にいる。
「俺、失恋したとき、シロップの「センチメンタル」と「さくら」を交互に、何度も何度も聴いてた。「センチメンタルな恋は どうしようもなく 破綻していくもので 安心したらさようなら」五十嵐は、愛がなければ生きてても意味がない、みたいなことを言うんだけど、それが悪意やら自己否定やら空虚さやらそういうものと混じっていて、それらのベクトルを全部足し合わせると無になる。つまり、五十嵐は、いろんな方向にいろんな強度で主張していくんだけど、その主張を総体から眺めるとゼロになってるんだ。彼の曲はすべて、何かを伝えようとしているんだけど、結局彼の生き方を全体から眺めると、一つ一つの曲が互いにその存在を相殺しあって、彼はゼロになってるんだ。」
「雄太もいつか自分はゼロの地点に立ち続けるとか言ってなかった?」
「ああ、それは哲学的な意味でね。世界が存在するというその単純な事実にただ驚くこと。その驚嘆の地平がゼロの地点で哲学の出発点なんだ。だがそれはいい。あと、「すべてを失くしてからは ありがとうと思えた」「さよなら さよなら」俺には、沙織に対する痛いほどの感謝の念があった。それと同時に、もう沙織のことを思ってはいけないと思った。沙織のことが頭の中に入って来るんだけれど、それを拒絶するために一生懸命「さよなら!」と叫ばなければならなかった。」
「結局原因は何だったの?」
「それはよく分からない。ただ、沙織は勤めてるから会社で出会いがあったのかもしれない。それに、距離が離れちゃったから、やっぱりなかなか会えなくなっちゃったってのが大きいと思う。「さようなら」という題名のメールだった。「私たちもう別れましょう。あとメールも電話もしません。」それだけだった。俺はメールを送ったし電話もかけたんだが応答はなかった。」
「たぶん彼女も辛かったんじゃないかな。遠距離でいることが辛かったんじゃないかな。彼女は雄太ともっと会いたかった。でもそれができない。苦しい愛なら早目に決着をつけた方がいい。そう考えたんじゃないかな。」
「俺は遠距離でも大丈夫だったんだけどねえ。」
 しばらくすると、目標の駅に着いた。小さな駅ではボタンを押さないと列車のドアはあかないのだが、目的地は大きな駅なので、ボタンを押さなくてもすべてのドアが開いた。その駅で降りる客は多かった。
「うまいラーメン屋があるといいんだけど。」
「あくまでラーメンにこだわるんだね。」
友人は笑った。そして言った。
「でもね、なんかストレスたまってるときって結構ラーメン食べる気がする。ストレス発散するために外食するんだけど、外食の場合手頃なものがラーメンなんだ。だからストレスの数だけラーメンを食べる。」
「俺は傷付いた分だけラーメンを食ってる気がするね。いまだに傷の数だけラーメンを食えていない。一生傷の数にラーメンの数が追いつくことはないと思うよ。」
私たちはホームから階段を下りて、出口へと向かっていった。

作品名:Reborn 作家名:Beamte