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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
novelistID. 31338
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僕は今、暗闇の中、じっと息を潜めている。外のヤツラに気付かれないように、物音一つ立てず、細心の注意を払って。ヤツラは夜になるとやって来る。今も僕の家の周りを嗅ぎ回っている。僕は膝を抱えたまま身じろぎしない。じっとヤツラの気配が過ぎるのを待っている。そうして夜を幾つ過ごしただろう。

 この島に越して来たのはいつだったろう。僕はこの小さな島を気に入っている。皆のんびりとしていて気候も穏やかだ。小さな果樹園、小さな漁村、小さな田畑、小さなスーパー。とりあえずのものは揃っている。お気に入りの定食屋もある。毎朝海岸沿いの道を散歩するのが、僕の日課だ。ゆっくり時間をかけて島を一周する。そして定食屋で昼を食べて昼寝。至福の時だ。何も考えなくてすむ。ただひたすら眠るのだ。

 夕暮れに僕は起きる。早く家に帰らねばヤツラに見つかってしまう。見つかったら終わりだ。何されるか分かったもんじゃない。そういう目に逢った人達をいっぱい聞いてきた。ただ聞いてきたのだ。一度も見たコトはない。見れるわけがない。僕にはそんな肝っ玉なんかありゃしない。ただ隠れているだけ。さぁ、夜が来る前に家に帰ろう。

 またヤツラが嗅ぎ回っている。ガサゴソと緩慢な音がする。ヤツラは音に反応する。くしゃみ一つが命取りだ。トイレにも行けやしない。
 遠くで悲鳴が聞こえた。ヤツラに見つかったんだ。そいつの運命を悲しむのはよそう。やっと解放されたんだから。闇に怯えるコトはもうせずにすむんだ。夜はまだ長い。今日も幾つ悲鳴を聞くのだろう。

 海辺を歩きながら流木や廃材を拾う。小さな海小屋を修理するためだ。ここを新しい家にしようと思っている。綺麗な海を見るコトはできないが、夜をやり過ごすには十分だ。腐りかけた壁を剥がし、廃材を打ち付ける。外側と内側、互い違いになるように。海風が入ってこないように。音が漏れないように…。
 さて、今日のノルマ、壁の一面の修復は終えた。あと三面と屋根と床だ。特に床は念入りにしなければ。
 僕は大きく伸びをして散歩に出かけた。西側のここは砂浜が広がっているが、南側に回ると切り立った断崖に姿を変える。山手を見るとポツポツと果樹園が点在する。なんの木かは分からないが、甘い花の香りが漂ってくる。東側に出ると港だ。今は昼時、漁船も港に帰ってきている。僕のお気に入りの定食屋もここにある。いつものおまかせ丼を頼む。今日獲れた魚で作ってくれるこの丼は、ボリューム満点だ。店の女将は無愛想だが、味はいい。
 ペロリと平らげて店を出て、北側を目指す。北側は住宅地になっていて、僕の家もそこにある。スーパーもゲームセンターもあり、ちょっとした街になっている。車もトロトロと走っていて、のんびり人が行き交っている。ただスーパーの裏手にある丘は立入禁止になっていて、何か箱型の建物が建っている。未だにそれがなんなのか分からずにいる。電力会社なのかもしれないが、確か別の所にあるはずだ。何かの研究施設なのだろうか。そんなコトはどうでもいい。いつもの野原のような公園で昼寝をしよう。一本の大きな木の下が僕の指定席だ。気のすむまで寝るコトにする。但し夕暮れまで。

 夜が来てヤツラが来る。またガサゴソと緩慢な音がする。以前一度だけヤツラを避けようと地下に潜ったコトがある。下水道に犬小屋のような掘っ建て小屋を作り、生活をしてみたのだが、これが臭いのなんの。ネズミは出る、ゴキブリは出る、おまけにヤツラも来る。悲鳴を押し殺すので精一杯だった。当然一日で音を上げて家に帰り、しこたま体を洗った。とにかく臭かったのだ。
 出し抜けにサイレンが鳴った。誰かあの丘に入ったらしい。ヤツラから逃れるには絶好の場所だが、何せ立入禁止区域だ。サイレンは鳴り、すぐさまヘリコプターの音が聞こえる。恐らく侵入者を捕まえに来たのだろう。その後どうされるかは僕は知らないが、よからぬコトを想像してしまう。これも夜のせいだ。

 浜辺で作業に取り組むコト数日、ようやく海小屋の修復がすみそうだ。床には細心の注意を払った。流木を横木にして廃材を打ち付け、音が立たないかチェックする。下の砂のおかげであまり音は立たないようだ。もしかしたら波の音で紛れるかもしれない。小屋には小さな舟もあった。今度はこれを直そう。海からあの断崖を望めるかもしれない。心許ない舟だが、それ位は保ってくれそうだ。
 楽しみをまた見つけたところでいつもの日課に戻る。今日は風呂に入ってから昼寝をしよう。たまにはいいもんだ。夕暮れ時に慌ててシャワーを浴びてばかりいるので、ゆっくり体を休められない。まぁ、たっぷり昼寝をするのだが、何せ夜は一睡もしないので。

 今夜はやけに騒がしい。おかげで家の周りにいる様子はないのだが、誰か大勢でヤツラに奇襲をかけたらしい。怒声と悲鳴が入り乱れて聞こえてくる。とりあえず収まるのを待つコトにしよう。もう待つのには慣れてしまった。
 外を覗き見る勇気は出るはずもなく、ただ時間が過ぎていく。突然なんの前触れもなく静かになった。流石の僕も気になり、外に出てみようかと腰を上げると、今度はサイレンが鳴り響き、慌ててしゃがんだ。どうやら奇襲は失敗に終わったらしい。息巻いていた連中は死に物狂いで丘に逃げ込んだようだ。ヤツラの数が多かったのか、しぶと過ぎたのかは分からないが、やはり静かに過ごすべきなのだ。

 舟の修復を終え、試しに海に出してみる。オールは廃材と心許ないが、なんとか動いてくれる。目指すは南の断崖だ。小さな岬を回り込むと見えてきた。思いの外、切り立っていて、こちらに迫り出している。下の方には波で浸食されてできたであろう、洞穴が幾つか開いている。流石にこの舟では寄せるのも危ないのでやめるコトにした。しばらく崖を眺めていると足下や尻が濡れてきた。やっぱり浸水したか。穴を塞いだだけではどうも駄目らしい。残念だが、海小屋に帰るコトにしよう。

 今夜から海小屋に泊まるコトにした。シャワーは前の家で浴びれば事足りる。流石にヤツラもここまでは来ないだろう。
 案の定、外は静かだった。聞こえてくるのは波の音だけだ。だがなんだか落ち着かない。静けさに釣られてか、波の音に釣られてか、普段は出ない夜の世界に出てみる。今日は満月だった。星も綺麗だ。こんな穏やかな夜があったのか。しばらく砂浜に横たわって空を見る。とても綺麗だ。目を瞑れば波の音。なんだか落ち着いてくる。風も涼しく快適だ。
 しばらくそうしているとザクザクと砂を踏みしめる、緩慢な音が聞こえてきた。嫌な予感がして身を起こすと定食屋の女将だった。なんだ。びっくりして損した。無愛想な感じは相変わらずで、何故こんな所にいるのか分からず、尋ねてみるコトにした。
作品名: 作家名:飛鳥川 葵