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新世界

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「ルディ……! ヴァロワ大将も言っただろう。この国に残れば、君の命は危ない。皇帝命令に逆らったらどうなるか、君もよく解っている筈だ」
「私のことなら大丈夫だ。上手くやる」
「駄目だ。俺と共に行こう」
 レオンは私を見つめて、強い口調で言った。
 私は首を横に振った。
「レオン。私はこの国の宰相だ。宰相としての務めがある。お前にも解ってもらえる筈だ」
「ルディ……!」
「ひとつ頼みがある。この愚かな戦争を終わらせてくれ。きっとこの戦争と共に、帝国も終焉を告げる。だが、それにより、この国は新たな局面を迎えることになるだろう。私はそれで良いのだと思っている」
「それは君が成し遂げなければならないことの筈だ。そのためにも、君が共和国に渡り、帝国の現状を国際機関に訴えて……」
「レオンに願いを託したい。私はこの国で少しでも皇帝を抑える。……出来るだけ、再戦を避けられるように。だがそれが不可能であった時には、共和国に望みを託したい。アジア連邦、北アメリカ合衆国と共にならば、それが成し遂げられる筈だ。国際会議に訴えて、帝国の暴走を止めてほしい」
「ルディ……」
「頼んだぞ。……そして平穏な日々が戻ったら、また会おう」
 それでもレオンは納得していない表情で私を見つめていた。
 私は此処に来る前から、帝国に、宮殿に戻ることを決めていた。ヴァロワ卿が亡命を促したが、自分の役目から逃げてはならないと思っていた。
 此処まで何とかレオンを連れてくることが出来た。後少し――、あの小高い丘まで行けば――。


 木陰から出て、崖道を進む。暫く歩いたところで、居たぞ、と背後から声が聞こえて来た。
「レオン、急ぐぞ」
 レオンを先に行かせて、後方を守る。憲兵達は銃を持ってはいたが、撃ってこなかった。生きたまま捕らえるよう命じられているのかもしれない。
 全力疾走で丘を駆け上がる。背後からは憲兵達が追ってきた。閣下、お止まり下さい、と私に呼び掛けてくる。構わず、国境に向けて走った。
 だが――。
 丘の上にあと少しで到着する――、そのところで前後左右を囲まれた。じりじりと憲兵達が銃口を向け、近寄って来る。佐官級の男が、私に向かって、武器を置いて下さい、と告げた。
 刹那――、レオンが私の身体を後方に追いやって、拳銃を六発撃ち放した。その六発が此方に向いていた銃口を撃ち落とす。射撃に優れていたロイに勝るとも劣らない、見事な腕前だった。
 同時に憲兵達も一斉に攻撃を仕掛けてくる。私に掴みかかってくる憲兵を薙ぎ払い、レオンは数人を投げ飛ばした。そうしてもみ合いながら、何とか丘の上までやって来た。
 共和国領を示す看板が入る。其処には赤い杭と共和国の旗が掲げられてあった。レオンの足がそれを超える。そしてレオンは私に向かって、手を伸ばした。
「ルディ!」
 私はそのレオンに背を向け、憲兵達の行く手を阻んだ。憲兵達は私には銃口を向けようとしない。私を前にして、銃を下ろし、お戻り下さい、と言った。
「私は戻る。だが、彼の姿が此処から完全に見えなくなってからだ。彼に危害を加えることは許さない」
「捕虜は殺害するようにと命令を受けております。宰相閣下、其処をお退き下さい」
「退かぬ」
「閣下!」
「お前達に命じる! 私が良いと告げるまで、此処に近付いてはならない」
「閣下……!」
「命令に背く者は私が斬る。全員、武器を下ろせ」
 大佐の男は口惜しげに此方を見ながら、全員に武器を下ろすよう告げた。レオンはまだ私の背後に居た。
「行ってくれ、レオン。……いつかまた会おう」
「ルディ……」
「……同じ過ちを犯すな。早く行け!」
 その言葉を受け、レオンは漸く私の側を離れた。
 ほっとした。これで良い。
 これで――。

 カチリと引き金に指をかける音が聞こえて、すぐに視線を前に戻した。私の斜め前に居た男が小銃を構えて今まさに引き金を引こうとした。
「撃つな!」
「閣下!」
 彼が引き金を引くのと、私が彼の前に躍り出るのと同時だった。ズドンと鈍い音と衝撃が、私の身体を通り抜けていく――。



 左肩に走った衝撃で、その場に膝をついた。憲兵達が慌てて近付こうとする。
「動くな……!」
 近付いて来た男の喉笛に向かって、剣先を突き立てる。
「しかしお早く手当を……!」
「構わん、動くな!命令だ!」
 憲兵達がしんと静まりかえる。背後を顧みると、レオンが立ち止まって此方を見ていた。威嚇発砲だ、早く行け、とありったけの声で私は彼に言った。

 レオンに当たらなくて良かった――。
 私はただそればかりを考えていた。

 銃弾は私の左肩を貫通したようだった。痛みよりも熱を感じる。生温かい血が身体を伝わり落ちていく。憲兵達を牽制しながら、時折、背後を見た。レオンの走る姿が徐々に小さくなっていく。
 完全に見えなくなってから、剣を下ろす。立ち上がろうとすると、足下がふらついてその場に崩れ落ちた。
「閣下!」
 私の身体を、大佐が支える。自力で立ち上がろうにも、身体に力が入らない。
「私を陛下の許に連れて行ってくれ……」
 大佐は驚いて私を見返した。

 出血のせいか、息が上がる。弾は心臓の位置から外れ、貫通していた。出血さえ止まれば問題無い。憲兵の一人が布を裂いて、私の肩の傷を抑え、応急処置を施してくれた。
 憲兵に支えられながら、山を下りた。足がふらついて、まともに歩くことは出来なかった。歩かなければ、とただ気力を振り絞って、右足と左足を交互に前に出した。
「本部に連絡を。閣下を保護したと」
 一時間程歩いた場所に、憲兵達は車を停めてあった。レオンと私は彼等の眼を避けるために険しい道を選んだが、山の中腹までは車が通ることの出来る道があったようだった。
 其処に停めてあった車に乗り込み、血に塗れた布を取り替えて貰っている時、大佐は本部に連絡を取った。彼は私が負傷していることを告げた。近くの病院で手当を受けてから――と彼は通話口で言っていたが、却下されたのだろう、解りました、すぐ帝都に戻りますと言って、通話を切った。
「閣下の座席を少し倒してくれ」
 私の隣で手当をしてくれていた憲兵が、大佐の命令に頷いて、ゆっくりと座席を下げる。車の窓は前方の窓以外は全てカーテンで閉じられていた。眼を閉じると、それまで痛みを感じていなかったのに、肩の傷が疼いてくる。

 この四日間、常に追われる身ではあったが、悔いの無い四日間だった。今こうして思い返してみても、何の悔いも無い。後悔どころか晴れやかな気分でさえある。不謹慎だが、この四日間はとても楽しかった。
 あんな旅をしたのは初めてで――。
 きっともう二度と経験出来ないことだろう。


「閣下、閣下!」
 遠くから誰かに呼び掛けられて、重い瞼を引き上げた。瞼だけでなく全身が重い。力が入らない。
 呼び掛けられたのは遠くからではなく、間近からだった。大佐が気遣わしげに顔を覗き込んで、水を飲むよう促した。口元に瓶か何かが押し当てられたが、口を開くのも億劫で、何も欲しくなかった。
作品名:新世界 作家名:常磐