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新世界

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 不意にレオンは呟いて、苦笑した。これまで捕虜となっていたこと、それが交渉断絶後に突然戻って来たこと――これだけでも、相当な騒ぎとなるだろう。加えて、レオンの立場を考えるならば、長官という立場にある人間が捕虜となったということで、もしかしたらレオンの責任論も出て来るかもしれない。
「……済まない」
「俺は君にこうして助けてもらったのだから、君が謝る必要は無いよ。それに俺はルディを責めている訳ではないから……」
「だがお前を捕虜とするよう命じたのは私だ。……言い訳にしかならないが、高官を捕虜とすることで戦争の早期終結を謀ろうとした。卑怯な手段ではあるが、上手くいけば戦闘拡大を避けられると考えた」
「その考えにも一理あることだ。……それに俺はあのエスファハーンで失態をした。皆が首都に戻るよう勧めていたにも関わらず、俺はあの場に残り戦った。自分の立場を考えていない行動だと指摘されても仕方の無い行動だった」
 収容所のなかでずっと考えていた――とレオンは言った。エスファハーンでのことをレオンが語るのはこれが初めてだった。
「長官となって以来、俺をずっと支えてきてくれた人達が俺を守り死んでいった。そのことがやりきれなくて……、それにエスファハーンを攻略されたら次は首都だと思ったから、退くことも出来なかった。だが、俺はあの時、退かなければならなかった」
 独り言のように呟くレオンに、何と言葉をかけて良いか解らなかった。私を責めている訳ではないと言ってくれたとはいえ、当事者である私にはレオンの言葉は辛すぎた。
「ごめん。こんな話を」
 レオンは言葉を切って、カーテンを閉めた。

 それから三日ぶりにシャワーを浴びた。暖かな湯が心地良くて、これまでの疲労が吹き飛ぶようだった。
 そうして、午後九時にはベッドに入った。考えてみれば、私はこんなに長時間にわたる移動をしたことが無かった。身体が弱いから、長時間の移動は避けてきた。私が丈夫であったなら、両親も様々な国へ連れて行ってくれただろうが、こんな身体だったからマルセイユの別荘に行くのがやっとだった。そのマルセイユまでの距離でさえ、いつも体調を崩していた。
 外交官となってからの公務は、飛行機が主体で大体が二、三時間で到着出来た。それに他国への出張は殆ど無かった。他の外交官達のことを考えると、私は特別扱いされていたのかもしれない。
 この三日間、少し体調を崩したが、何とか此処まで辿り着けた。レオンが気遣ってくれたおかげだろう。あと一日、あの山を越えるまでは――。
 三日ぶりにベッドのなかで、ぐっすりと眠った。


 午前三時に起きて、身支度を整えた。充分に休息を取った甲斐があって、体調は頗る良かった。レオンは軍服を纏い、剣を手に持った。一度鞘から抜いて、剣の具合を確かめるように軽く一振り二振りする。レオンの胸には大将の階級章と勲章が並んでいた。レオンが紛れもなく共和国の軍部長官であることを示すように。しかしそれは私に違和感を覚えさせた。
 不思議なことに、レオンは敵なのに、私は彼を仲間のように思っている。
「行こうか」
 ホテルを後にする。辺りは暗く、人一人居ない。そんななか、山に向かって歩き出した。
「ルディ」
 不意にレオンが止まるよう告げる。耳を澄ますと、遠くから足音が聞こえた。暗闇のなか、きらりと灯りが見える。
「憲兵が二人居る。暫く此処に身を潜めよう」
 こんな暗い闇の中でも裸眼で確認出来るのかと驚いた。レオンは相当、眼が利くようで、確かに指摘通り、足音が二人分聞こえてきた。やはり、この辺りから捜査網を張っているのだろう。山に入るまでに見つからなければ良いが――。
「よし。向こうに行ったようだ。行こう」
 レオンに促され、注意を払いながら先を急ぐ。それからも何度か憲兵と出くわした。その都度、身を隠しながら進み、そして何とか山に入った。
 まだ夜明け前で暗く、気を付けなければ足下が危ない。岩がごろごろと剥き出しになっていて、その隙間に木々が生えていた。雨が降っていたら、足場が悪く滑りやすくなっていたことだろう。
 レオンは持っていた剣で時折、小枝を切りながら進んでいく。

 陽が少し出て来た時、岩陰を見つけた。少し休憩を取ることにして、その岩陰に身を潜めた。静かに耳を澄ましていると、憲兵達の足音がぞろぞろと聞こえて来る。足音から察して、十人は居る。
「十三人か……。逃れきれない数ではないな」
「レオン。これを」
 レオンに私が持っていた拳銃と銃弾を手渡す。レオンは私に持っているよう告げた。
「いや、私にはその剣を。……きっとレオンの方が射撃は正確だ」
 レオンは少し躊躇したものの、私と武器を交換した。安全装置を解除して、拳銃の具合を確かめる。その時、拳銃に施された刻印に気付いたようで、私を見つめて言った。
「H・R・L? これは……」
「弟の使っていた拳銃だ。弟が追放されてからは私が護身用に持っていた」
 先程、レオンは此処を通った憲兵の数を十三人と見積もった。捜索の時の憲兵の編成は、二十五人で一団とするから、残り十二人が何処かで待ち受けていることになる。そうなると、このまま二人でマスカットまで行くのは難しい。如何にレオンが勇猛果敢だとしても、二十五人を相手にするのは厳しいだろう。それもこんな足場の悪いなかでは分が悪い。
 私の予想通りということか――。
 せめてリヤドとマスカットの境まで案内できれば良い。其処からはレオンに一人で戻って貰い、私が憲兵達を足止めすれば良い。
「行こう」
 足音が完全に消えてから、再び山の中を進む。
 予想以上に足場が悪かった。憲兵達に見つからないように、本来の道とは違う経路を選んだせいで、幅が一メートルもない場所もあった。片側が崖となっている難所もあった。足を滑らさないように注意しながら進んでいると、どのぐらいの距離を進んだのかさえ解らなくなってくる。いつしか陽も傾きかけていた。

 それにしても、何処を通っても必ず憲兵達の足音が聞こえてくる。もしかしたら、私が予想している以上の人数が配備されているのかもしれない。
「……ルディ。此処から向こう側の崖が見えるだろう」
「ああ」
 此処から見て、少し小高い丘となっている場所がある。レオンはそれを指差して言った。
「おそらくあれを超えれば、共和国だ」
「……成程。何処からも丸見えということか」
「他の道を探した方が賢明かもしれない。俺が偵察に行ってくる」
「待て、レオン」
 此処で待つよう告げたレオンの腕を掴む。このまま進もう、と提案すると、危険すぎるとレオンは返した。
「銃撃戦を覚悟してくれ。そして、私もその境界までは同道する」
「境界まで……?」
「私はお前が無事に国境を越えるまで、彼等を食い止める」
「そのようなことをしたらルディが捕まってしまう。やはり別の道を探ろう」
「レオン。聞いてくれ」
 私はレオンの腕を強く掴んだ。足音が聞こえて来て、一旦言葉を止める。その足音が遠退いてから言った。
「私はこの国に残る。まだやり残したことがある」
作品名:新世界 作家名:常磐