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てっしゅう
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「愛恋草」 第四章 別れ

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翌朝、一蔵は久と一緒に家を早暁に出発した。薄暗いもう葉桜になっている街道を登り、やがて日も強く差し込む満開になっている山桜の付近まで登ってきた。

「まだ随分とかかるのですか?」
「ここら辺が半分じゃ」
「少しお休みを戴けませぬか?」
「うむ、そうするとしよう」

二人は、桜の木の下に座り込み、水を飲んだ。風に吹かれてはらはらと散り行く桜の花びらは、この時期の風情でもある。風の強い日にあっては、辺りが一面ピンク色の花吹雪となって、吉野山の壮大な風物詩と詠われる光景になる。

「桜もそろそろ散り行き、里にも田植えが来ましょうなあ・・・一蔵様の所も忙しい日々になりましょうね・・・」
「うむ、そうじゃのう・・・平和な時期が続くと良いのう・・・」

意味ありげな言い方で一蔵は久の方をチラッと見た。久は、一蔵と目を合わすことなく、竹筒の水を飲んでいた。遠く京の方角を見つめて勝秀への思いを馳せる久であった。

勝秀は屋島に居た。体勢を立て直すべく水軍を集め、来襲に備えていた。義経の軍はめざましい働きで平氏の軍隊を後退させ、屋島に追いやった。しかし、水軍を持たない源氏方はこれ以上攻め入ることが出来ないでいた。いったん京へ引き上げた義経には多忙な日々が待っていた。兄範頼は鎌倉へ引き上げていた。再び源氏の軍勢が動き出すまで一年の猶予があった。

水軍を指揮できなかった義経は、知人を通して熊野の頭領へ書簡を送った。返事はなかったが、源氏の世に変わるような内容が強く書かれていたに違いない。義経はこの間に妻を娶った。後白河の手厚い庇護に鎌倉は嫉妬し、嫌悪感を抱き始めていた。義経の不幸は、都者に翻弄された世間知らずなことであった。そして何より、後白河の移り気な性格と保身の強さに利用された感が否めない。やがて、頼朝に追われ、逃避行をする義経に待ち受ける運命は・・・

この年の秋に勝秀は源氏の様子を探りに家来数人と京へ進入していた。町人に身を変えて、後白河邸の辺りを探っていた。

「あれが、義経か・・・貧相な輩に見えるがのう・・・戦上手は見てくれでは判断できぬわい」一人でそうつぶやいていた。すぐに動きが無いと見て、家来を屋島に帰し報告させ、気を緩めぬように宗盛殿へ報告させた。また、九州への足ががりも強化するように言い含めていた。しかし、屋島での平和な日々は体力だけでなく気力も萎えた軍勢に成り果てていた。

一蔵と久が早立ちをした同じ日、維盛は夜を明かしてなにやら文をしたためていた。そこには家来二人への宛名が書いてあった。辺りが薄明るくなってきた早暁、維盛はその文を残して、静かに何も持たずに小屋を出た。修験僧の装束で懐剣だけ忍ばせ、山を下り始めた。維盛は熊野の地を目指していた。吉野との街道に出て、里とは反対方向に曲がり、自分たちがやって来たその湊へと向かう方向に進んでいった。

久は、休息の後、再び山を登り始めていた。一蔵は小屋のある方向に街道を曲がり、少し前に維盛が歩いていった道を小屋へと進んでいった。しばらくすると、家来たちがうろついていて、一蔵の姿を見つけるやいなや、走り寄ってきた。

「一蔵様!大変でございまする!殿が・・・殿が・・・お隠れになられた様子でござりまする・・・」
「なんと!言われるのじゃ!仔細を申されよ!」
「これをご覧下さい!殿が残された書簡にございまする・・・」

一蔵は手にとって、その文面を確かめた。
「久殿・・・間に合わぬようになった。維盛殿は・・・お覚悟を決められた様子じゃ!はっきりとは書かれてはおらぬが、悪い予感がする・・・」
「何という事!久は逢えぬのでござりまするか・・・」
「不幸じゃ!お前も、光も、里の者たちも・・・」
「一蔵様、殿が行き先に心当たりはござりませぬか?」
「うむ、山中でないとすると、熊野か・・・」

一蔵と久、家来の4人は、熊野まで行くことにした。すでに日は高くなっている。残された時間は少ない。久の動揺は徐々に強くなっていた。

日が高く上るころ維盛は熊野に辿り着いていた。人目を避けて目立たない夕暮れまで成りを潜めて船を漕ぎ出そうと考えていた。思い出せば頼朝の軍勢を迎え撃つために東海道を下り富士川で対峙した治承4年のあの時を境に、自分は武将としての地位を貶めてしまった。続く寿永2年の倶利伽羅峠の戦いでも敗走し、自分はその大将の器ではないことを証明したような形になってしまった。

その後は一線を退き、宗盛が総大将となって指揮しているが、その人もその器ではないから、わずか数百の義経の手勢に振り回され、退却する羽目になってしまった。

維盛は自分の責任という言うよりも、自分の情けなさに生きる活力を失っていた。家来と家族を末永く平和に暮らせるように自分が出来る事は、自らがいなくなることしかないと、昨夜決心していた。書置きには、吉野の里で家族と暮らすこと、武士を捨てること、名誉は己のためにではなく妻や子のために守れ、と書き残していた。

海からの風が心地よく感じられる春本番の季節のなか、維盛の心は暗く寒い冬の様子であった。せめて、光に逢いたい・・・その想いが切なく胸を打つ。追いかけてきている一蔵と家来と、そして光ではなく、母親の久であることを今は知らない。いや、永久に知る事はなかった。

一蔵も久も家来たちもとにかく急いだ。日が高いうちに湊に着かないと探せなくなると、気が急いた。先に家来の一人と一蔵が早足で進み、久はもう一人と一緒に後をついていった。
「久殿、大丈夫でござるか?」家来は言った。
「はい、何とか歩けるようです。私一人を置いて行って下さいまし・・・ご心配には及びませぬ」
「それはなりませぬ、一蔵様に叱られます。殿の安否は先に一蔵殿たちが知らせてくれるでしょうから、ご無理はなさらずに行きましょう」

久はなんとしても維盛に逢いたい、逢わねばならない、と思っていた。限界に達していた足の痛みが堪えられるのも気が張っていたからだ。大台ケ原の最高峰を越えて熊野に降りてゆく街道が下り坂になって久は少し休む事にした。

「ここからはもうすぐの様子、少し休ませてくだされ・・・」
「そうなさいませ、海が見えてございまするゆえ」
熊野灘の雄大な景観が目の前に広がっている。久は久しぶりに海を見た。子どもの頃以来だ。日はもう西に傾いて薄暗くなってきていた。重い腰を上げて久と家来は歩き始めた。

一蔵たちはもう湊町についていた。手分けして辺りを探したが、維盛らしき修験僧の姿は見当たらなかった。水平線が赤く染まりだした頃、追いかけてきた久と家来が一蔵たちを見つけた。4人はあちらこちらを訪ね歩き探したが、判らなかった。やがて家来の一人が水平線に向かう一艘の小船を発見した。
「一蔵殿、久殿、小舟が沖を進んでおりまするぞ!ここからはしかと見えませぬが、この刻に漁師が出るはずもなく、誰でありましょうか?」
「遠目にじゃが、漕いでおるのは漁師じゃのう・・・誰を乗せておるのか、ひょっとして・・・維盛殿なのかも知れぬぞ!舟を頼んで我らも行こうぞ!」

家来は漁師らしきものに頼んで小舟を調達した。