小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

時夢色迷(下)

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
+第三章+ 緑ノ中ノ少年


朝という感じはしなかったが、千秋は目が覚めたので布団の中で座る。
「ん……朝なん……?」
眠たそうに目をこすって、周りを見渡すとぼやけて見えた。
「眼鏡……何処や……?」
近くは、手探りで探してみるが何処にも見当たらない。だが、その前に千秋には昨日寝る前に眼鏡を外した記憶が無い。
「陽幸くんにも手伝って貰お……って、起きとんのかなぁ?」
うつらうつらとしながら、ベッドに座り直す。
「あっ! まつくん起きたんですね!」
後方から声がして、後ろを向こうとしたら、ベッドの上に倒れた。
「おはようございます! あっ、ちなみに眼鏡は此処ですよ」
そう言うと、ベッドの横にある小さな棚を指さす。千秋は、ひっくり返って棚の元へと急ぐ。
「ありがとう! ようやく、ちゃんと見えるわぁ!」
「本当に、目が悪いんだね」
千秋の隣に座って、微笑む陽幸。千秋は、ぎゅっと陽幸に抱きついた。
「まつくん?」
「いつもの、仕返しやでぇ」
悪戯っぽく笑うと、陽幸も同じように笑った。
「あれ? なんか、陽幸くん泣いたりしとった?」
「へ?」
真剣な顔で、覗き込んでくる千秋に、思わず間抜けな声が出た。
「泣いとったん?」
優しく、陽幸の瞼に右手で触れる千秋。
「泣いてませんよ。泣く理由ありませんもん」
千秋の右手を掴むと、ニコッと笑った。
「そう? ほなえっかぁ」
「ハイ! えっか、です!」
楽しそうに笑って、千秋を見る。千秋は、嬉しそうに陽幸を見た。
「関西弁! 教えたろか!」
「そんなの、短期間に覚えられませんよ」
「そう? 簡単やし、普通やけど……」
首を傾げて、考える。
「普通なのは、まつくんはいつも使ってるからですよ」
笑ってそう言うと、千秋は納得した様にポンと手を叩いた。
「それじゃ、とりあえずあんちゃん待ってるかもですし、行きましょ!」
「そやね! 杏香さんは眠れたやろか?」
楽しそうにネクタイを締めたりと、準備をしだす千秋。陽幸は、そんな千秋を微笑ましそうな目で見ていた。準備が整うと、二人で一緒に部屋から出て、ロビーに向かった。



ロビーに行くと、杏香は椅子に腰かけていた。
「杏香さん早起きやねんなぁ」
伸びをしながら歩いてきた千秋は、ゆったりと豪華な椅子に座っている杏香に、声をかける。手すりだけが、深い茶色をしている。
「そう? 千秋君達も部屋でゆっくりしてたんじゃない? 私は、一人だからロビーに出て来てただけよ」
小さく笑って答えると、千秋は別の事を思った。
「なぁなぁ、此処って季節あるん? 僕、ブレザーまで着とんのに陽幸くん半袖やし……杏香さんなんて、七分袖やんか?」
「確かに……でも、ボク特に暑くも寒くもありませんね」
「うちも、気温については何も思わないわ」
三人で考えたが、答えは出なかった。『そういうものだ』と言う事にして、全員の頭からその疑問は消え去った。
「さ、じゃぁ公園に行きましょうか?」
杏香の言葉に、二人は笑顔で顔を見合わせると、頷いた。
「咲いとるかなぁ?」
楽しそうに談笑しながら、三人で公園へと向かった。
陽幸は、歩きながら空を見上げた。昨日のうちに見ていた空と同じはずなのに、あの悲しそうな色は無くて、真っ白だけど爽やかな空だった。
「そんなに、早くに咲くものですか?」
クスクスと笑って、陽幸に言うと少し考えるそぶりを見せて、パッと笑顔になった。
「わからへん」
思いついた様な顔をしていたため、期待していた二人だが、千秋のそんな答えにため息よりも先に笑いが零れた。
「なんでか、千秋君と一緒だと調子狂うわ」
「えっ? 僕、悪いことしたん?」
「そういう反応が、罪です」
クスクスと笑いながら、千秋の事を突っつく陽幸。どうして、そんな事を言われているかわからない千秋は、クエスチョンマークを頭上にいっぱい出していた。
「もう、千秋君は天然っていう言葉では表せないくらいの天然ね」
楽しそうな声で、千秋の頭を撫でた。
「さ、もう公園ですよ。早く入っちゃいましょう」
公園に入ると、真っ先に水道へと向かう陽幸と千秋。杏香は、ベンチへと向かった。
「えっと……誰?」
ベンチに座ろうとしたら、そこには先客がいた。新聞を、読んでいるらしい。
「ん……? 邪魔だった? すまない」
「へ……いや……えっと……」
当たり前の様に、その場所に馴染んでいる。曲を聴いていたらしく、ヘッドホンを首まで下す。
「君。……此処は何処なんだい?」
新聞から目を離さずに、そう杏香に聞いた。
「うちが聞きたいわよ」
「そうか……俺は加賀。十五」
新聞を折りたたんで、横に置くと立ち上がり杏香の前に立った。
「うちは杏香。十四よ。加賀君……でいいわね? 下の名前は?」
「冬弥(とうや)」
落ち着いているらしく、その整った顔の表情を変えないまま言った。
「身長……何センチ位あるの?」
ここしばらく、自分より大きな男子に会っていなかった杏香に、冬弥は新鮮だった。
「大体百七十五位だと思うけど」
そんな言葉を聞きながら、冬弥をもう一度見る。短く切られた黒の強い茶髪には、右と左に二本ずつ赤と青のアメピンで横髪等が留められている。その下からは、眼光の強い瞳が覗いていて、黒のTシャツの上に暗い緑のパーカーに深い青色のジーパン。
「どうかした?」
冬弥は、眉根に皺を寄せながら杏香に聞く。
「いいえ。ただ、見ていただけよ。」
「あんちゃん? その子誰ですか?」
水をくんできた二人は、杏香の隣にいる冬弥を見て聞いた。
「加賀冬弥」
杏香が紹介しようとしたら、先に冬弥が名乗った。
「とーやくん?」
「冬弥……まぁ、良いけど」
「冬弥さん! 僕、千秋って言うねん! よろしゅうなぁ」
冬弥の手を握って、微笑む千秋。千秋につられて、少しだけ笑顔になる。
「ボクは、陽幸です!」
「ところで……君たちは、なんで此処に?」
自分の手を握ったままの千秋に聞く。
「え? あぁ、ツツジが咲くん待ってるんよ~。あっ! これ、もう咲きそうやん!」
「え? ちょっと……」
ぱっと、手を離してツツジの方に走っていく千秋。
「ごめんね。あの子達、せわしないでしょ?」
まるで、母親の様な事言って笑う杏香。千秋と陽幸の方を向くと、二人は楽しそうにツツジの花を見て色々と言っている。
「いや……何か羨ましい。二人には、笑っててほしい」
先程までのクールな表情からは、考えられないような笑顔だった。
「君も。笑ってて」
「努力するわ」
そう言うと、杏香も笑った。
「やっぱり、人間が一番合うのは、笑顔だ」
三人を順番に見ていき、微笑むとベンチに座った。
「そうね。うち、貴方の事、最初笑わない人だって思ったわ」
「え? なんで……」
自分でも気づいていないのか、不思議そうに杏香に聞く。
「だって、無表情だったじゃない」
クスッと小さく笑って言うと、冬弥は少しだけ困った顔になった。
「俺は、感情の変化が少ないだけだ。それに、さっきのは嫌なニュースを見たから」
横に置いた新聞に、目をやる冬弥。
冬弥の表情は、確かにあまり起伏は無いが、それでも分らないほどでは無い。
「そう。じゃぁ、そんなニュース忘れてしまったら?」
「そうはいかない。事実は、事実だ」
作品名:時夢色迷(下) 作家名:黒白黒