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九宝 阿音清
九宝 阿音清
novelistID. 31190
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一夜の邂逅

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 狭い路地を一人の男が走っていた。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。男は少し焦ったように見えた。男は手に握り締めたクシャクシャのメモ用紙を見ると、まっしぐらにどこかを目指して走っていった。



「じゃあ、夏休み前に先生からのプレゼントだ!」
 担任の中島先生の陽気な声を僕は頬杖をついて聞いていた。たるいんだよな…。教卓の上に現れたのはいうまでもなく宿題の山。
「暑苦しいんだよね、あいつ」
 ボソッと隣の席の奴が呟いた。全くその通りだ。僕は心の中で深く同調しながら、しかし、自分からは何も言い出せずにいた。
 分かっているんだ、自分が内気なんだとは。それを正そうと高校に進学した時には考えていたのにな…。さっきから僕の台詞には「…」があふれかえっていることもわかっているんだ。女子にも男子にもろくすっぽ話しかけることのできない僕は周りの人間にいじめられない代わりに親しくもされない。なまじ勉強できるが故にそういうことがわかってしまう。
 そういうところがいけないんだろうな。物事を常に上から眺めてしまう。たとえ友ができたとしても長続きしないだろう。
 宿題と一緒に成績表が渡された。学年一位。いつもの数字だ。でも、うちの学校では成績は非公表なので、先生以外誰も知らない。先生も成績のことは持ち出さない。僕のキャラを熟知しているのだろう。
 くだらない。
 僕の胸の奥で何かが爆ぜた。こんなところで勉強ができて、スポーツができて、コミュニケーションが取れて何の意味があるんだ。ふざけるな。
「おい、またかよ、一位誰なんだろうな」
 同級生たちの舌打ちが聞こえる。
「やっぱ神城じゃないんだな」
成績の話か。ここで口を出せたらどんなにか…。いや、逆にドン引きされるかもしれない。僕は所詮その程度の人間なのさと自虐的に嗤ってみる。
「成績どうだった?」
僕に前の女子が声を掛けてくる。そのとき、僕の中で何かが燃え上がった。また成績か。進学校に進学したものの周りにいるのは成績至上主義者たちばかり。僕は黙って立ち上がると、鞄に持ち物を詰め込んで立ち上がった。彼女もそれ以上は興味を無くしたみたいでそれ以上話しかけてくることはなかった。そう、みんな馬鹿なんだ。本当のことにも気づけない愚か者。
 しかし、熱が冷めてくると僕の心の中は後悔の念に満ちてくる。僕は一人帰途に着きながら溜息をついた。まただ。カッとなって心を開くチャンスを逸してしまった。僕はみんなと仲良くなりたいはずなのに。どうして素直になれないのだろう。愚か者は僕のほうだ。親でも友人でも誰でも言い。心に巻きついた黒い大蛇を誰かに退治してほしいと願い続ける。しかし、それは無理な相談なのだった。
 両親は僕の物心つく前に離婚、僕は父親と二人きりの生活を余儀なくされた。その父親も年がら年中出張で飛び回っている。僕はしかし、それでもかまわなかった。自分の弱みを見られるのはいやだったから。そんな父親に、僕の心をほぐせというのは無理だろう。まして、友と呼べる人間などいないのだ。
 これでも小学生のときまでは結構友達もいたのだ。みんな僕がネガティヴな性格であることを知っていて、気を使ってくれていたのだろう。特に、有馬という男子とはとても気が合ってよく一緒に遊びに言ったものだった。
 だが名門私立中高一貫校に上がった僕は、新たな人間関係作りの波に乗り遅れ、気がついたら独りぼっちになっていたのだ。それとともに僕も別にいいや、と思うようになっていったのだ。そして後悔をするようになったのは、高校進学直前。激しい自責の念に襲われつつも、いまさら気づいても遅いんだよ、とあざ笑う僕もまた、僕の中にいる。
 懐かしい。僕は唐突にそう思った。有馬に会いたい。僕はとても寂しかった。この気持ちを誰かに話したかった。
 そんなことを考えながら我が家の門を開ける。すると、僕の目の前に、今一番会いたがっていた人が転がっているのを見つけた。戸先の石畳に身体を丸めていて、転がっていた。顔は見えなかったが、夕陽のさしたその姿を見間違えるはずはなかった。
「え、有馬…だよね?」
丸まった人がピクンと反応するのを見て、僕は確信した。
「何でそんなとこに眠ってるの、ねえ」
僕の声にはうれしさがにじんでいたかもしれない。そのとき、丸まった人はボソッと呟いた。
「何で分かった」
かなりかすれた声だった。僕の知っているあいつの声とは全然違う。でも、
「当たり前じゃん。忘れるわけないでしょ?」
ところが相手の声は怒りを帯びた。
「ふざけるな!偽善者ぶるんじゃねえ!」
「え?」
僕が戸惑った声を上げるのを見て有馬は言葉を継いだ。
「どうせサツの差し金だろう。俺が来たらそう言え、と言われてるんだろう」
「何のこと?」
僕は訳が分からなくなった。何で警察が出てくるんだ?
「でも新聞にはたいした事件が載っている風でもなかったけど…。」
「俺はお前を殺しに来たんだ。」
僕は驚いた。有馬の人格がすっかり変わってしまったように思えて仕方なかった。
「有馬…どうしたの?」
 有馬はゆっくり立ち上がってコートを脱ぎ捨てこちらを向いた。その有馬の顔を見て僕の中の時間が一瞬止まった。
 有馬の顔は怪物のそれにしか見えなかった。顔が焼け爛れ、眼窩は落ち窪み、犬歯をむき出しにして笑っている。いや、唇がなく、口の端がまくれているのだ。
 だけど、僕は有馬がどういうやつなのかを知っている。この中にはまだ昔の有馬もいるのだろうから。僕は有馬の骨ばった手にナイフが握られているのを見ても顔色一つ変えなかった。
「恐ろしくないのか?」
「うん、僕には何も恐ろしい物は見えないからね。」
そういうと有馬の手がぶるぶると震え、有馬が僕に飛び掛ってきた。でも、すでに有馬の手にナイフは握られていなかった。

 数十分の後、有馬はリビングで僕の淹れた紅茶を飲みながら、僕の最近の状況を黙って聞いていた。僕が包み隠さず正直に述べていると有馬はしばらくしてポツリと言った。
「すまなかったな、お前を疑って。俺はお前をつい向こう側の怪物と同じに見てしまっていた。」
「向こう側の怪物?」
SFチックな響きだ。どうしてそんな言葉が出てくるんだよ?
「怪物のすむような、現実さ。」
有馬はふっと笑うとおもむろに僕に言った。
「聞いてくれないか、お前と別れてからの俺の人生を。」
僕はこくっと喉を鳴らした。
「おまえだけだよ、俺を見て、全く怪物扱いしない人間は。俺もお前の側に戻りたいよ。」
「戻れば良いじゃないか。」
僕が思わずそういうと、有馬の眼がこちらを向いた。ぞっとするほど深い、底なしの瞳がそこにあった。
「戻れたらいいんだがな。」
その言葉には空虚な響きしかなかった。それは有馬の歩んできた人生を物語るかのようでもあった。僕は椅子に腰掛けなおすと有馬に言った。
「いいよ、覚悟はできた。聞かせて。」
「俺が中学に進学した直後のことだ。」

作品名:一夜の邂逅 作家名:九宝 阿音清