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最後の夏

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この人についていけばいいと思っていた。
この人なら、と思っていた。
あの試合、あの大会が終わるまでは。


小さな町の小さな公立高校。
普通の高校だ。
そこにある弱小野球部。
部員はわずか三人だ。
三年一人と二年が一人。
今年の五月までに試合ができる人数を集めないといけない。
後、最低六人だ。

始業式の日、校門前で下校中の一年生に勧誘をしていた。
「野球部。野球部どうっすか。青春の汗を一緒に流しましょう!!」
キャプテンの青山が声を上げる。
「そこの君。言い体してる。直ぐにレギュラーだよ。」
副キャプテンの道重だ。
二人がいくら声をあげても立ち止まる人はいない。
万年大会不参加の、いわゆる学校の「腫れもの」にかかわろうとする人などいない。
「先輩、やっぱ正攻法じゃ無理なんじゃないすか。個人的に声掛けるとかしないと。」
不満を漏らしたのは唯一の二年生岬だ。
「なんだと、ヒロシ。そんなこと言うならお前にそれは任せる。俺らはここで声をかけるからよ。」
青山が静かな、けれどもはっきりとした声で言う。
「でも、ヒロシの言うことも一理あると思うぞ青山。だから、ヒロシにその件は任せよう。」
「ちょっと、道重先輩まで!!なにいってんすか。俺だってここで頑張りますよ。」
「お、そうか。じゃ、頑張れよ。」
青山がそういうとすぐに声を上げ始めた。
「野球部でーす。初心者歓迎しまーす!」

一時間くらいしたころだった。
立ち止まるどころかだれも顔をむけようとしないなかで、初めて立ち止まった人がいた。
金色の髪をしていて、耳にはいくつものピアス。学ランの前はだらしなくあいている。
恰好を見るだけで不良だとわかる。
「これって。俺でもはいれるんスか。」
不意にその男が声をかけてきた。
「俺でもって、この学校の生徒ならだれでもウェルカムだよ。」
青山が答える。
「本当に、俺が入ってもいいのか。」
「しつこいな君は。俺たちが見てくれだけで人を決めると思うか。」
「だって、俺のこと知ってるでしょ。二年の橘っすよ。」
三人の間に沈黙が走る。
そういえば去年の終業式の時に校長が言っていた。
「えぇ、来年から中途入学制度が始まります。それによって、来年の四月から、一人転校生が来ます。なんでも、前の学校で人殺して退学になったらしいです。根はいい人なので仲良くしてやってください。」
仲良くしてやってくださいだぁ、小学生か。その時はそう思ったが確かに、なぁ・・・。
「俺の事みんな知ってるから、誰も入れたがらない。どこも断られました。」
「まぁ、過去に失敗があったところで今は真面目なんだったらいいんじゃいないか。」
道重が言った。
「そうっすよね・・・。」
ヒロシもそういったが顔は少しひきつっている。
「本当にいいんスか。」
「よし。OKだ。これで君も野球部の一員だ。」
「ありがとうございます。これからは、マジで問題起こさないんでよろしくです。」
「よし、今日は一人入ったから勧誘はこれくらいにして練習にしないか」
道重が提案する。
「そうだな、よしそうしよう。全員着替えてグラウンド集合だ!」

ニ十分後、全員ジャージに着替えてグラウンドに集まった。
顧問は名前だけなので練習には顔を出したことがない。
また、野球場などなくグラウンドの端っこを使えるだけだった。
「まずは、ウォーミングアップで素振りからだ。いくぞ、一、二、三、・・・」
もともと青山、道重、岬三人とも野球は決して下手ではなく、むしろ高校生からみるとかなりうまい方だ。
ところが青山が一年生の時、三年生が大会直前に他校との大乱闘を繰り広げてからは部員が減りとうとう去年の新入部員は岬の一人だけだった。

ブン、ブン
三人が鋭く音を響かせる中、橘がひときわ大きな音を立てる
「た、橘お前野球やってたのか。」
青山が尋ねる。
「えぇ、前の学校でちょっと。」
「前の学校はどこなの?」
今度は道重が尋ねる。
「まえは塔海学園でした。」
「塔海だって!?去年の優勝校じゃないか。」
「青山先輩、塔海の橘と言えば・・・。」
「あ!あの一年生レギュラーか。橘お前そんなすごかったの。」
「そんな大したことじゃないですよ。優勝できたのは、先輩たちがすごかったからですよ。」
「でも、お前レギュラーだったんだろ。すげーな。ん?待てよ。前の学校で人殺したって言ってたよな??」
「その話は・・。まぁいいじゃないすか!俺の話はこんなところで。さ、練習ですよ、練習。」
その日は結局橘は話をはぐらかすだけで何も言わなかった。

翌日、青山が登校してくると髪を黒色に染めた橘が話しかけてきた。
「青山さん。おはようございまっす。」
「橘じゃないか。ん?どうしたその髪は。黒に直したのか?」
「えぇ。野球やるのに金色じゃ変ですからね。ところで、青山さん今日はいい話があるんですよ。」
「いい話だと?なんだ?」
「実はですね、俺の塔海時代の同級生がこの学校に来るらしいんですよ。」
「おぉ。それはいいな。久しぶりに友達に会えるんだろ。」
「それじゃ、俺にとってだけのいい話じゃないすか。」
「まぁ、たしかにそうだな。」
「そいつら全員野球部に入るんですって。しかも、全員元塔海野球部ですからね。実力はお墨付きですよ。」
「なんだって!?元塔海??全員??どういうことだ。」
「元塔海野球部の6人がうちの学校に来るってことですよ。」
「6人!!一気にノルマクリアだよ・・・。お前すげーな。どんな手を使ったんだよ。」
「いや~。まぁ、それはね。いいじゃないすか。」
「なんだよ、隠すことはないだろぉ。教えろよ。」
「どうでもいいじゃないすか。そんなこと・・・」
「おはようございます!!」
二人の会話を遮るように大きな声が響いた。
「ん、なんだ?」
青山は驚きの表情を浮かべる。
「青山先輩。本日付で当校に転校してきました、中尾です。よろしくお願いします。」
「おっ!中尾じゃねーか。本当に来たんだな。」
「橘!久しぶりだな。」
「橘、これがお前の言ってた転校生の一人なのか?」
青山が尋ねる。
「はい。こいつは中尾です。こいつ去年俺と一緒にベンチに入ってたんスからね。」
「おぉ、それはすごいな。」
青山がほめる。
中尾は顔を赤くして、小さく会釈した。
「なーにしてんの?」
道重が突然現れた。
「この人だれなんですか?」
ヒロシも一緒だった。
「あぁ、お前らか。この人はな中尾っていうらしいぞ。」
「??」
「道重先輩、俺の同級生だった人で・・・」
橘が本日二度目の説明を始めた。
二人もようやく理解したようで、大きくうなずいていた。
「へぇ。なるほどね。」
あまり言葉が出てこないようだ。
「とりあえず、朝連行くか!おい、中尾って言ったな。お前も来い。」
「はい。」

朝連が終わるとすぐにチャイムが鳴った。
「急ぐぞ!」
青山がみんなに叫んだ。

その日の昼休み、残りの五人が青山の所にきた。
六人とも全員橘と同じ学校で野球がしたいから来たということだった。
「あいつは、どんだけ信頼されてんだ。」
誰に言うわけでもなく青山はぽつりとつぶやいた。

結局その日の放課後の練習に出てきたのは計10人。
校長の課したノルマをクリアだ。
作品名:最後の夏 作家名:イチテン