小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

「哀恋草」 第三章 吉野山

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
第三章 吉野山

光はみよに言われた事を考えていた。それは久に似ていると言われた言葉だった。この家の手前そう名乗ったが、本当は母子ではない、二人なのに、似ているとは光の気持ちも穏やかではなくなってきた。

「おみよ殿、私は母に似ておりましょうか?」
「ええ、体つきは華奢でおられるが、目元とか口元などはそっくりですよ。そして今、お体を拝見して・・・はっきりと母上様と似てらっしゃると言えますよ」
「・・・体つきが、ですか?」
「ええ、昨日は姉上と長くご一緒しておりましたゆえ、しっかりと目に焼きついております。母上は女ざかりゆえ色香に秀でておられますが、おみっちゃんもきっと同じように良い女子(おなご)になられましょうぞ。みよが約束いたしまするゆえ・・・」

光はみよの言葉にウソや飾りはないと信じた。近頃抱いていた疑念はこの時にもう確信へと変わりつつあった。久に尋ねようか迷ったが、今は自分の胸にしまっておこうと、言い聞かせていた。やがて、背中を流そうとみよは言ってくれた。恥ずかしく感じたが、光はされるがままにしていた。子どもの頃に兄弟(姉妹)が居たら、きっとこうしていたんだろうと光は羨ましく感じた。

「おみよ殿、光は姉様のように感じておりまする。今宵より、姉上・・・いや姉様と呼ばせてくださいまし」
「おみっちゃん!嬉しい事を・・・私にも可愛い妹が出来ましたぞえ!今日からは姉上と妹の三人兄弟になりましたのう」
後からみよは光をぎゅっと抱き締めた。その両手は光のわずかなふくらみを捉えて、光はハッとした。いや、きゅんとした。まだ少女だったが、このとき女になる変化が光に見え始めていた。

湯殿から出てきて囲炉裏の傍に戻ってきた二人に久は目をやって、とても仲良くしている様子に安堵した。

「母上、光は今日からおみよ殿を姉様と呼ばせていただきまする。今日の縁は天からの授かりもの。光はおみよ殿をほんの姉上と思うてお慕いし、一生のご縁にしとうござります・・・」
「光、良くぞ申されましたな。母に異存などあろうはずがありません。おみよさん、嬉しゅう思いまする。久も光もこの地での出逢を天の仰せと肝に命じ、この先生きてゆきとうございます」

みよは泣いてしまった。久を慕い、光に慕われ、寂しい思いをしてきたこれまでを振り返って、今ほど女子として恵まれた時間は無いと、その喜びに涙が止まらなかった。切ないほど人は恋し、恋するほどに切なさが増す。別れる日が来ることを思えば、胸が張り裂けそうになるみよは、わかっていながらその切なさを隠し切れなかった。

「おみよさん、気が静まるまで泣かれるがよろしい。久の傍にきなされ!光も近こう・・・」
久の胸にすがってみよは泣き続け、その背中を光はさすっていた。久にはみよが本当の妹のように感じられてきた。自分には仲良くできる兄弟もなく、今勝秀の消息もわからない状況で、ここの三人はこれからの身内と呼べる存在になって欲しかった。

泣き疲れたのか、みよはいつしか久の胸で眠ってしまった。寝顔は無邪気なものだ。髪をなで、目やにを拭い、久はみよの額に唇をそっと押し当てた。光にはその姿が母親の仕草に似ていると感じていた。和束村(わづかむら)の暮らしでは勝秀の留守を守り気丈に生きてきた久だったが、こんな優しい表情と仕草をしている所は始めてみたような気がする光だった。

やがて目を覚ましたみよは、自分を恥じた。久に頭を下げ、寝所へ引き下がった後を光が追いかけ、一緒に寝るとみよにせがんだ。みよと光は枕を並べてその夜は眠りについた。母様の様子を伺い頭を下げて就寝の挨拶を済ませ、久も隣の寝所で眠った。客人用の居間が用意してある、この辺りではない立派な母屋がみよの住まいだった。

この家の主作蔵は熊野から半月ぶりに戻ってきた。奉納された炭は吉野の兄の元から若衆が引き取りに来て荷車で運び出していたから、作蔵は身一つで戻ってきた。玄関戸を叩く音がして、みよが隙間から覗くと、父の顔がそこにあった。
「あっ!父上!今開けまする・・・お帰りないさいませ」

玄関引き戸をゆっくりと開けて、大柄な作蔵は入ってきた。土間に久と光は両手をついて挨拶を待っていた。

始めに久が主作蔵に向かって挨拶をした。

「こたびはおみよ様に我ら親子をお世話いただき、まことにありがたく厚かましくも長居いたしております。お留守中とは存じ上げましたが、好意に甘えましてございまする。私は久、こちらは娘の光と申します。お見知りおきをくださいませ」

作蔵は旅の疲れからか、挨拶はすぐに切り上げ、奥へと入っていった。ついて行ったみよが戻ってきて、今宵は眠るゆえ明日お話を聞きたいと申しておりました・・・と久と光に伝えた。この日は二人とも早くに就寝した。

すでに半月逗留している久と光であったから、朝の支度もなれていた。全てを整わせ、作蔵を呼びに行った。春になって桜が咲き始めたこの頃は、山手のこの辺りでも囲炉裏に火を入れる事は必要ではなくなっていた。作蔵は上座に腰を降ろし、隣にみよ、正面に久と光が座った。男子と女子が食を同席する事は普通にはなかったが、作蔵は慣習を破りそろって食べる事を常に心がけていた。

「さあ、頂きましょう」
作蔵の声に皆は箸を持ち、粥をすすった。作蔵が熊野から持ち帰った鯨の干し身を焼いて、初めて久と光は口にした。

「どうじゃ、鯨の味は?これは魚じゃないぞ。海に生きよる鯨という生き物じゃ。大きいものは十五尺は超えるでのう。わしも見た事はないが漁師が言っておった、ハハハ・・・」
「初めて食しましてございます。なんという美味・・・油こうなくしし肉より柔らかく優しい味で頂けまするような・・・」

「ほう、しし肉をご存知か?ところでどちらから来られたかのう」
「はい、和束村でございまする」
「して、主人殿の性はなんと言われるのじゃ」
「・・・平でございまする」
「うむ、どちらのご一門かの?」
「勝秀と申しますが、そこまでは聞いておりませぬ・・・私は本筋ではございませぬゆえ・・・話されることもなく、お聞きする事もなく来ましてございまする」

作蔵は、少し考えるような仕草をして、また話し出した。

「これは失礼なことをお聞き申した。許されよ・・・みよから少しは聞いておるゆえ、ご安心召され。お互いに家柄や出生などは意に関せずに参ろう。熊野では都からの要請で水軍がなにやら集められておった様子じゃ。近いうちに大きな戦が起こる様な気がするのう・・・ご心配には無用じゃが、その時がくれば詮索が始まるで、吉野に行かれるが良かろう。兄が何かと世話になってくれようぞ」

久は、作蔵の心遣いが身に染みて嬉しかった。深く頭を下げその好意に感謝の意を表わした。

作蔵はみよを傍に呼び、言いつけた。

「みよ、お二人はその時が来るまでこちらに居ていただこうぞ。お前がお世話しなさい。吉野に行かねばならぬ時が来たら、わしが案内するでお前は留守をしっかりと守るように心得よ。久どの光どの、遠慮は要らぬゆえ、みよを身内と思うてなんでも申してくだされよ」