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NIGHT PHANTASM

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17.レストインピース(1/5)



――覚醒したその時、肌はいつものかびくさいベッドの感触をとらえていた。
息を大きく吸い込み、窓からさす光を見て、昼の世界に戻ってきたのだと実感する。ここは、夢ではない。
「……アンナ」
眠りに落ちる直前に交わした約束を確認するべく、ルイーゼは二段ベッドの上に横たわっているだろうアンナの名を呼んだ。
だが、いくら待っても返事はない。
ゆっくりとした動作で立ち上がり、見ると――それはもぬけの殻だった。
シーツに、目立つしわは一つもない。誰かがそこで寝ていたなど、信じられないほどに。亡霊が眠っていた、そう悟ったルイーゼの目から光が消えた。


「アンナ、私はお前の夢に付き合ってやるつもりも時間もないんだが……」
椅子から立ち上がった体勢のまま、ジルベールはしかめっつらで目の前の亡霊を見ていた。何も知らずに、何も怖れずに。
音もなく訪れたかと思えば、手には銃。昼の世界には似合わない物騒なものだ。調子が悪いと訴えに来た可能性も考えたが、アンナの様子からするに違うらしい。
新しい銃が欲しい?
違う。そんな必要、もはやないはずだ。
返しに来た?
そうかもしれない。実際、アンナは焦点の合わない瞳のまま銃をこちらへ――
「……っと、おい。もう少し丁寧に扱ってくれよ」
――投げてみせた。そして、ジルベールが受け取ったのを確認するなり、ホルスターから別の銃を取り出し、迷わず構えた。
「……アンナ」
その瞬間、むせかえるほどの殺気が部屋を満たす。何が起こっているのか理解が間に合わず、ジルベールは混乱した。
アンナが構えるリボルバーは、ためらいもなくジルベールの眉間を狙っている。引き金にかけられた指は、いつ力が入ってもおかしくなかった。
「見えたの」
「え?」
「夢の続きが、見えたの……」
うなされるように呟いて、いつかの日のようにアンナは空いている手で自らの眉間を指差した。
ジルベールの体が、つま先からつむじまで――満ちていくほどに、凍っていく。ティエを呼ぶにも、入り口はアンナに塞がれている。
怪しい動きをとれば、迷わず彼女は撃つだろう。ここでやっと、ジルベールはアンナの異常な精神状態に気付いたが――過ぎてしまえば、避けようのない悲劇の幕開けに他ならなかった。


――ジルベールは、予想通り、馬鹿だった。アンナは、心の中でため息をもらす。
状況を理解できずに、うろたえている。何度目かの誘導で、やっとこちらへ銃を構えてくれた。全く、最期まで世話を焼かせる。
憎かった。
ジルベールの全てがずるいと感じ、憎かった。
都合が悪くなれば、マスターを捨てて、パスポートを頼りにこの人間は表の世界へ逃げ帰るだろう。それがなければ、配慮してやることもできたが――。
一発だ。
一発の銃声で全てが決まる。
どちらかが、必ず、ここで死ぬ。時計の針を折られて、人形になり腐っていく。


構えあう二人は、しばらくの間緊張に身を任せていた。
どちらも、トリガーに指をかけたまま動かない。打破する策を探す中で、ジルベールは気付いた。この銃には、弾が一発しか込められていない。
もちろん、確証はなかった。だが、あの時だって弾は一発だった。そして、同じように眉間を指差して――
「ここよ、外さないで」
――確かにそう、言った。リフレインが現実と重なり、いくつもの可能性が残響しては潰れていく。
「やめろ、お前は……もう……」
言う声が震える。
時間がない、カウントダウンが始まっている。証拠として、空気が震え――息ができない。膨れ上がる恐怖や様々な感情が、全てを塗り潰していく。
それまで無表情だったアンナの色が、変じた。一挺の銃を両手で構え、許しを乞うように、恐怖という怪物から逃げるように叫ぶ。
「撃って……さあ、撃ちなさい!」
合図だった。
乾いた銃声は一発のみ、部屋を鮮血の花束が散った。おそらく、じきに発される死臭は香水となるだろう。人が倒れる、重く鈍い音が響き、そして何も残らなかった。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴