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NIGHT PHANTASM

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09.エンド・オブ・サイレンス(4/4)



薄い雲が空を覆う、星の瞬きも届かない夜だった。
灯りの一つもないまま、アンナはベッドに寝たまま上半身だけを起こし、姉のルイーゼはベッドのそばで背もたれのない椅子に座っていた。
窓の隙間から漏れてくる真冬の冷気が、部屋の気配をより一層澄んだものにする。廊下に誰の気配もないことを、時間をかけて確認したのち二人は会話を再開した。
「墓地なら……私も、覚えている。覚えているというよりは、この間の事で思い出したばかりなんだが」
「この間?」
アンナは、すぐに疑問を口にした。数週間眠っていた間のことは、何も聞かされていない。
基本的に二人が過去の記憶を取り戻す速度は似通っていたが、もしかすると姉は自分が眠っている時に何か大事なことを経験したのかもしれない。
そして、思い出したのかもしれない。返事を待つと、すぐに姉であるルイーゼは「ああ、そうじゃなくて」と首を横に振った。
「チェコに行った時だよ。旧市街の、ユダヤ人墓地だったかな……緑の中に、薄い灰色をした墓石があって、その色の組み合わせに、どこか既視感があって、ずっと気になっていたんだ」
「緑と……墓石?」
「アンナの夢の話を聞くに、偶然じゃあなかったみたいだね。その時は、キーワードが少なすぎてそう深く気にとめていなかったけれど」
そう言うと、ルイーゼは頬杖をつく手を交代させた。
しかし、現実的な問題はいまだに山積みだ。
街へ買出しに出る必要があるほどの田舎は、いくつか思い当たる。だが、そのような土地では村の離れに墓地となる一帯があってなんらおかしくないのだ。
人が死ぬたびにわざわざ棺桶ごと街の墓地へ運ぶということはまずない。何より、慣れない土地に埋もれるより、生まれ育った地で眠りたいと村人のほとんどが思うだろう。
マスターであるティエは、その気になればいかようにも手を使ってドイツ中を渡り歩くことができる。国を出ることもたやすくないだろう、これでは絞り込めない。
「……少なくとも、ドイツ語が通じる圏内だと思うわ。ふもとにある街に住む人達とも会話が通じなかったり詰まったりすることはなかったから、訛っていないところ。それか、この一帯が訛っているのであれば、目的地はそう遠くない」
「マスターが私達に、自らが操るドイツ語を教えたという可能性は?」
「ないわ。今もずっと覚えてる記憶の中に、言葉を教わったということはないもの。ジルベールとマスターの言葉は細かいところが違う。姉さん、どっちのほうが聞き取りやすい?」
「マスターかな。ジルベールは、たまに発音が妙なときがある。今まで、異国人だからと思っていたけど、それは……」
「……訛っているのは、マスターと見ていいわね。この祈りの家に随分長く住んでいるようだし、ジルベールのドイツ語はきっと勉強で後天的に叩き込まれる教科書通りなものよ。あの人、名前はドイツ姓だけど偽名ね。生まれ育ったのは日本、それに血統書つきだもの」
それを聞いて、ルイーゼが少々驚いたように固まった。
東洋人の血が通っていることはみてくれを見て明らかだったが、日本人というまでに絞り込むには少々材料が足りないように思える。
二人の前で日本語を喋ったことは一度としてない上に、偽名というのもまた飛躍しすぎている。
ルイーゼは、疑問をまっすぐにぶつけてみた。
「偽名だって証拠は? 日本人って……あいつの部屋に日本のものは何一つなかったぞ?」
「パスポート」
「パスポート?」
「私、知ってるの。部屋の棚に隠してあること。あの人、私達と同じ年の頃にドイツへ一人渡ってきたのよ。どこの誰という、そして生きているという存在証明を彼女は持ってる」
「……」
単身渡ったとして、何故帰らないのだろう。母国とのかかわりを捨てたとすれば、何故パスポートを処分しないのだろう。
何か起きた時、ジルベールはかつての自分に戻って、母国に助けを求めることができる。隠されていたその事実に、ルイーゼは内心腹が立った。
なんて、ずるい。
マスターがその事実を知っているのかどうかが気になったが、今はジルベールの正体を明かしたいわけではない。話を戻し、再開することにした。
「この一帯……西ドイツか」
「そういう事になるわね。けれど、それでは広すぎる……夢で地名を聞ければ、確実なのだけれど」
「過去の事件を洗い出してみるか?」
「無駄だわ。小さな村だったし、取り上げた人間も少ない、きっと資料も残ってない……」
「……だろうね。それに、私達は全貌を知らない。両親はあの夜きっと殺されたんだろうが、それだけでは……」
自然と、二人は無言になった。いきなりのデッドエンドに、焦る気持ちがマッチに火を点けられそうなほどにくすぶっている。
いつ訪れるかわからない夢を待ち、今はただおとなしくしているしかないのだろうか。
悔しさに、苦い表情を隠せない。決断した先から、この壁だ。
二人とも名前はありふれたものだが、双子ということなら少しは絞り込めないだろうか。――姓もなしに、辺鄙な田舎の双子を知っているというのも変か。
ティエならおそらく、いや、必ず知っているだろう。
しかし、直接聞き出しても教えてはくれまい。それに、この『儀式』はマスターに、二人以外の誰かに知れてはまずい。
すっきりしないまま時間だけが経過し、朝が近いという頃になって二人は浅い眠りにつくことを選択した。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴