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NIGHT PHANTASM

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06.予感(3/3)



「なんてことを……」
夜の降りきった頃に帰ってきた双子の報告を聞いて、ティエは返す言葉が見つからなかった。
確かに、片田舎にあるこの館への襲撃準備を固めるには、交通の便がよく木を隠せる森であるデュッセルドルフに拠点があってもなんら不思議なことはない。
だが、実際あったとしても、それを二人が秘密裏に襲撃し、集まっていたハンターを全滅させてしまうとは、そこまで考えは続かない。
二人の判断は、間違いではない。
やらなければおそらくはこちらが痛手を負っていた。だが、それだけの数をさしむける理由がどこにある?
中途半端にやっていても、ハンターの命を掴んで投げ捨てるようなものだ。疲弊を狙っているにしては、生ぬるすぎる。
ここまで執拗に狙う理由。
「……? マスター、何か?」
「い、いや……」
――双子の出生に、何か自分の知らない秘密が隠れているとでもいうのか?
ナハティガルの狙いは異端者である自分を消すことではなく、自分の目の前にひれ伏しているルイーゼとアンナなのか?
だが、いくら追い詰めても二人は裏切らない。自分のもとを離れるくらいなら、自ら死を選ぶだろう。相手の考えが、まったく見えてこない。
暗い闇の底から、気持ちの悪い風が吹きつけているような、なんともいえぬ不快さ。
「部屋に戻りなさい、薬は机の上にある」
「でも……」
「お願い、戻って……。考えたいの、一人で」
ふいと外される視線。ルイーゼとアンナは、逆らうこともできずにすっきりしない表情で部屋を出ていった。
残されたティエの呼吸がわずかに乱れる。
夜が世界を覆い、空に闇が満ち、月が自分を照らしている間は、吸血鬼としてあらねばならない。無慈悲で残酷な、血を吸う鬼に。
この世界に生じてからは、ずっと一人で生きてきた。
ジルベールという心の友を得た後も、必要以上に依存することなく心の深層を孤独に埋めて、それでも強く生きてきた。
だが、それも今まさに崩れようとしている。
二人を迎え、選び、実の娘のように愛するうちに――自分という存在が、二人に喰われようとしている。
こんな状況を見越してではなかったが、疲れを残さないようにと薬の量を増やしていたのは正解だったかもしれない。薬物依存に陥れば陥るほど、二人は正気をなくす。
それに、薬には少量ながらもティエの吸血鬼としての血が混じっている。血は意思となり、人格を決めうる。服従しているのは、ティエの血を取り込んだことによりティエを近い存在に感じ、安堵しているからだ。
おそらく明日一日は、ルイーゼもアンナも使い物にならないだろう。
「……いっそのこと」
呟く。
眠り続ける双子はきっと、幸せな夢を見るだろう。思い出せない記憶の鍵を探り当てて、その正体を疑うことだろう。
それがいいことなのか、悪いことなのか、ティエには決められない。
「いっそのこと、独りに戻れば……」

――楽に、なれるの?


「姉さん」
「うん?」
ティエの居る部屋をあとにしたのち、二人はアンナの自室で何をすることもなくベッドに並んで座っていた。
返事をしながら、帽子を置き髪の毛の間にぐっと指を入れ込む。音もなく、ずるりとオリーブグレーのウィッグが外れ、ふうと一つ息を吐く。
隣では、『アンナの人格』を持つ少女が、同じデザインのロングウィッグを棚から取り出し、慣れた様子でかぶっているところだった。
それが終わるなり、二人は着ていた服を交換する。ドレスシャツのボタンを外してくれるルイーゼの細い指を見て、アンナは机に置かれた薬のことを考えていた。
明日はきっと、二人には訪れない。
死に限りなく近い深い眠りと鮮明な夢を終えた頃には、日付は明後日に変わっていることだろう。
それならば、本来の関係に戻っていた方がいい。もう少し。もう少しで思い出せそうな気がするのだ、生きていた頃のことを。
求めているのは、無意識でのことだった。
世界を汚す過ち。
見えない未来。
知らない過去。
殺人以外では、もう、幸せな夢を見て、死に近い位置にいることでしか安らぎを得られない。
「……」
服を着終わった二人は、しばらくの間無言だった。
「もし、」
ルイーゼが沈黙を破る。
「もしだ。過去の残滓を見て、それがどこか分かったら……私は、行ってみようと思う」
「どうして? 今のままでは、いけないの?」
「おばさんの賛美歌が、また聴きたいんだ」
そう言って、ルイーゼは恥ずかしそうに笑った。なつかしいという感情は、胸をしめつけるが苦痛ばかりではない。
「うそつき」
「え?」
「姉さん、嘘が下手。そんなこと、思ってなかったくせに」
「まあ、ね」
何故だか、不思議な予感がしていた。胸騒ぎといってもいい。もやのかかった白い世界が、少しずつ形を取り戻していくような気がしたのだ。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴