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魂の揺籠

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あれ程膨れ上がっていたお腹も、中に入っていたモノをスッカリ出して仕舞った為に、嘘の様にほっそりとしております。
ああ、コレが子を生す、と云う事!
私は、うつ伏せに為った儘、零れ落ちて仕舞った私の内臓たちを眺めました。
コノ深海魚の様にグロテスクな形をした内蔵たちが、私を生かしていてくれたのだと思うと、酷く感慨深いのです。
ソウ思うと、グロテスクとしか捉える事の出来なかった彼らが、まるで計算し尽くされて生み出された芸術品の様に尊く、神々しくも見えます。
そして私は、うつ伏せに為った儘、今し方産んだ愛しい我が子を見ました。
愛しい我が子は、私の内臓を弄びながら、悲しげな表情を湛えております。
起き上がり、近づいて抱き上げると、ソノ悲しげな表情は消え、未だ何も識らないであろう、ソノ無垢な眼差しでジッと私を見つめるのです。
私は幸福に包まれながら、我が子を強く抱き締めました。

・・・・・・・・・バサリバサリと云う音と共に、私の髪の毛が抜け落ちて行きます。
皮膚がガサガサと乾いて、体中に垢が溜まっているのが見えます。
口から吐き出される吐息が、堪らない臭いを発しております。
自分の汚らわしさが惨めに思えてならないのです。
愛しい我が子を抱き締めた儘、私は醜く歳を重ねて仕舞っております。
一方コノ子は私とは真逆に、産まれた姿の儘なのです。
そして今も、あの時から何も変わらずに、無垢な眼差しで只管私をジッと見つめ続けております。
・・・私は上手く子を生す事が出来なかったのでしょうか、失敗して仕舞ったのでしょうか。
コノ儘では、コノ子が大きく為る前に、私は死んで仕舞うでしょう。
私バカリが歳を取り、愛しい我が子は、産まれた儘の姿から何一つとして変化しないのですから。
しかしながら、私はコノ子を抱き締めていたいのです。
コノ子を見つめていると、私の荒んだ汚らしい外見とは裏腹に、胸の中では彗星の様にに明明とした感情が発露するのです。
その彗星たちが、長い長い尾を引いて体の隅々迄駆け巡ります。
そうしたならば、私を構成している細胞たちが残らず触発され、眼の前の我が子が愛おしくて愛おしくて狂って仕舞いそうになるのです。
私はソノ度に、コノ子を強く抱き締めます。
抱き締めずにはいられないのです。
そしてソレハ、私にとって何物にも変え難い、何を犠牲にしたとしても構わない、至上の幸福なのでした。

・・・・・・・・・体中の肉と云う肉が凡て液体に為ってドロドロに流れ落ち、私はスッカリ骨だけに為って仕舞っております。
愛しい我が子には、未だ変貌が見られませんので、私はソレが残念で残念でなりません。
骨だけに為って仕舞った私には、モウ時間と云う概念は掻き消えて仕舞っておりまして、計っていなかったので分かりませんが、ドウヤラとても長い時間が過ぎている様なのです。
私は生きているのでしょうか、それとも死んでいるのでしょうか。
未だ私には体が在ります、意識が在ります、確かではありませんが、命も在る様です。
私は未だ、生きているのだと思います。
それでは、私の腕の中にいるコノ子は、生きているのでしょうか。
産まれてから一切の変化が見られませんが、確かに生きているのだと思います。
呼吸をしております、私の貌を見つめております、心臓の鼓動が轟いております。
コノ子は確かに生きているに違いないのです。
ヤハリ今も、彗星が長い尾を靡かせて身体を駆け巡りますので、私はソノ度に愛しい我我が子をキツク抱き締めます。

・・・私はフト、愛しくて堪らない我が子に、未だ名前が無いのを思い出しました。
思い返してみると、私はタダタダ抱き締めるだけで、一度もコノ子の名前を呼んで上げた事が在りません。
何と云う事でしょう、私は我が子に名前を付けるのを忘れて仕舞っていたのです。
本来ならば、一番最初にしなければならない事の筈なのです。
ソレなのに私は、スッカリ忘れた儘、名も無いコノ子を抱き締めておりました。
烈しい後悔の念が洪水と為り、私の心を支配していた、忌むべき忘却どもを押し流して行きます。
そして、ソノ洪水の後には、瑞瑞しい大地が貌を現すのです。
新世界!
ああ、ドンナ名前が良いのでしょうか。
ドンナ名前ならば、コノ子は幸福に育ってくれるのでしょうか。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
悩んだ末に、私は愛しい我が子の名前を「笑子」にする事に決めました。
産まれてから今迄、一度も口を開かず、一度も笑った事のないコノ子に、笑って欲しいと思ったからなのです。
願わくは、イツも笑っていて欲しい、と云う希みを込めました。
おお、あなたの名前は笑子なのですよ。
私の愛しい笑子。
あなたに悠久の祝福が在ります様に。
「笑子」
 私は声に出して、愛しい笑子の名前を呼びました。
 すると、笑子はニコリと笑って、
「お母さん」
 と、私を呼んでくれました。


 それは、風鈴の音色の様に、綺麗で透き通った声なのでした。

                                      (了)
作品名:魂の揺籠 作家名:橘美生