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魂の揺籠

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私は妊娠しております。
丸々と膨れ上がったコノお腹の中には、如何やら子供が一人丸ごと入っている様で、時折、中からお腹の内側を蹴る感覚が伝わって来るのです。
ソッと手を宛がう度に、トクントクンと云う鼓動が鳴り響いております。
私の体が、全くに新しい命を創り出し、そして今もソレを育てているのです。
体中に満ち満ちている、コノ素晴らしい幸福感と云ったら!
私が口から摂取した食べ物よりジクジクと流れ出す栄養が、巡り巡り子宮の胎盤を通して、名前も未だ識り得ないコノ子に、一寸の隙も無く与えられております。
充分に栄養を与えないと、健康に育ってくれないかも識れませんので、私は食事の際には冥土に棲むと云う餓鬼が貪る様に、平らげます。
すると見る見る内に、ソノ餓鬼の様にお腹が膨れていくのです。
それと云うのも、凡てはお腹の中の愛しい我が子の為に他ならず、腹ばかりが日に日に大きく為っていく私の珍妙な姿ですが、却って誇らしくもあるのです。

コノ子と私は、胎盤から伸びる臍の緒で繋がっております。
コノ子と私は一つに繋がっているのです。
ソレは、コノ子が私で在って、私がコノ子だと云う事なのです。
そして私には自分だけの意識が在り、今は未だ眠っておりますが、この子にも紛れも無く独自の意識が在るのです。
一繋がりの身体に、二つの魂が宿っており、二つの意識が存在しているのです。
私は今、コノ愛しい我が子を産み育てたいと切望しております。
また、コノ子も産まれ育ちたいと希んでいるのでしょう。
アア、何と云う僥倖なのでしょうか!
私たちの欲望は一致していて、今コノ瞬間も更に強く強く、更に大きく大きく為っております。
嬉しくて嬉しく堪らずに、思わず歌でも歌いたい気分なのです。
そして、同時に安堵し、胸を撫で下ろすのです。
何故かと申しますと、私は愛しいコノ子を産み育てたいと思っており、コノ子も産まれ育ちたいと思っておりますが、もしも私たち二人の内ドチラかが相手と逆の欲望を抱いて仕舞ったとしたら、その乖離はソレハソレハ恐ろしい事態を引き起こして仕舞うでしょう。
私がコノ子を産み育てたくないばかりに、子宮の中へ栄養を送る事をしないでいると、忽ちにソノ小さな身体は衰弱し、死に至るでしょう。
また、コノ子が産まれ育ちたくない、と希んだならば、イツ迄もイツ迄も私のお腹の中に棲み続け、産道ヨリ産まれ出て来る事は無いでしょう。
私たちは、斯様に均衡の取れた関係なのであります。
ソレと云うのも、互いが互いの事を深く想っているからに違いないのです。
私たちは深く愛し合っています。
一瞬たりとも、相手の事を想わない時など無い程なのです。
天が真二つに裂け、地が跡形も無く崩れ、海がコノ世から失せて仕舞ったとしても、私たちの心を奪う事は出来はしないでしょう。

数日前から、お腹が張って鈍い痛みが続き、何度か破水しました。
トウトウ愛しいコノ子が産まれるのです。
私は嬉しくて嬉しくて堪らず、時間さえ在れば歌を歌っておりました。
お腹の中の子供に歌を聴かせてやるのは、トテモ良いと云う事ですので、歌って聴かせようと思ったからなのです。
ですが、私は子供を産むのは始めての事ですので、嬉しさを感じる一方で、不安でもありました。
上手く産む事が出来るでしょうか、逆子ではないでしょうか、畸形ではないでしょうか、ソンナ考えが、万華鏡の様に華華しくも頭の中で現れては消え、消えては現れるのです。
考えてみれば、自分の体の中に、モウ一人の人間が入っていると云うのも、人の理解の範疇を超えたものではないでしょうか。
如何して誰も疑念を抱かないのでしょうか。
ソノ異常事態が、今マサニ自分の体の中で起こり、もう一寸で歓喜の産声を上げようとしております。
私は恐ろしく為って仕舞いました。
一体、私は如何なって仕舞うのでしょうか。

・・・海の潮の満ち引きの様な、規則正しい周期で陣痛が起こっています。
 子宮が収縮運動を繰り返し、私は烈しい痛みに襲われています。
いよいよコノ子が産まれ出でる様子なのです。
それはドンナに足掻いても、拒んでも、逃れ様も無い純然たる事実であり、同時に今迄の私の積んで来た善行が報われる、と云う事でも在るのです。
不安と幸福が、蛸の足の様に絡み合い縺れ合いしております。
アンビヴァレントの坩堝!
双方、同時には存在し得ない筈の感情が、渦巻き、のたうち、時に手を取り合い、時に悪態を付き合いながら、私の心の中に巣食っているのです。
アア、マタ陣痛が私を襲います。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
今迄とは比べ物に為らない程の痛みが、私を襲っております。
体中から冷や汗が撒き散り、顎が外れて仕舞いそうな程口を大きく開いて、声に為らない悲鳴を上げずにはいられません。
意識が朦朧として、目の前ですらも良く見る事が出来ず、お腹の中では、凍り付く様に冷たいナニカと、灼熱の様にひり付くナニカが、螺旋の如く捻れ、ソノせいで私は死ぬ程に不快な思いを味わっております。
セッカク今迄、大事に大事に育てて来たと云うのに、斯様な苦しみを与えられるとは、一体如何なる事なのでしょうか。
コノ子は恩と云うモノを理解していないのでしょうか。
私がドンナ気持ちで育てて来たと思っているのでしょう、そして、その思いは通じていなかったのでしょうか。
ああ、まるでコノ子は悪魔の様です。
私は識らぬ間に悪魔を育てて仕舞っていたのかも識れません。
アア、何と云う皮肉、何と云う悲劇、何と云う絶望。
一刻も早く、コノ子を体内に排出しなければなりません。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
必死にいきむと、産道がミリミリと音を立てて押し広げられ、ソコをコノ子の頭が通過していくのが伝わって来ます。
 その感覚が、今迄感じていた痛みを上から塗り潰し、凡て快感に変えて行くのです。
何と気持ちの良い事なのでしょうか。 
脳髄を直に掴まれるかの様な、蕩ける快感。
 コノ様な快感を与えてくれるとは、ヤハリこの子は悪魔などでは無かったに違いないのです。
 早く産んで上げなければなりません。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
 ズルリズルリとソノ小さな体が、漸く凡て産道を通り抜けました。
 私が今迄感じていた快感も終わって仕舞いました。
 愛しい我が子は、何とも可愛らしい貌をしております。
 首には、私の腸がグルグルと巻かれております。
 右手には、私の胃が握られております。
 左手には、私の心臓が握られております。
 キット、体の外に出る時に、一緒に持って来て仕舞ったのでしょう。
 私の太腿の内側をツツゥ・・・と、一筋の真赤な血が伝い流れて行きます。
 ソレに続いて、足元にボタリとナニカ紅い塊が落ちたのが見えました。
 眼をコスリコスリして、良く見てみると、ソレは私の腎臓なのでした。
またソレに続いて、ボタリと私の足元に脾臓が落ちました。
ソレから次次と、私の体の中に入っている内臓たちが、ボタボタと零れ落ちて仕舞うのです。
スッカリ内臓を無くして仕舞ったセイでしょうか、私は如何しても立っていられず、その場に倒れて仕舞いました。
作品名:魂の揺籠 作家名:橘美生