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「お話(仮)」

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 第9話 『ブラッディ・ゲーム』

 ビルの谷間の狭い路地。
 その幅を更に狭めているゴミ袋には街の嫌われ者達が群がり、大都会の裏の様相を呈している。
「ヒヒヒヒ……」
 しわくちゃな服に身を包んだ男の肩が小刻みに揺れ、襟足の長い金髪が西日に反射する。
「もう、ゲームは始まってるんだョ。キミ達はまだ気付いてないだろうけど……ねェ」
 乾いた風が裏道を駆け抜けるのと同時に、鳥や虫達が一斉に宙に舞った。
 そして、再び彼らが食事を始めた時、男の姿は何処にもなかった。

 夕暮れ時の港を移動しながら会話する、三つの長い影。
「行きは丸三日かかったのに、たった半日でジュノーまで戻ってこれるなんて。 文明って凄いわ」
「春になって馬が通れるようになったのと、あとはアレさ。カリブディスは交通が発達してるからね。これからは、あの島もどんどん便利になっていくと思うよ」
「複雑だな」
 影達は思い思いのペースで、一番奥の桟橋に停泊する大型船へ向かっていた。
「それよりアタシの格好、おかしくない? こういうのって久しぶりで緊張しちゃうわ」
「よく言うよ。あたいなんかよりよっぽど板についてるじゃないか、この色男。どうだい、ひとつエスコートしてくれないかい?」
「あら。グレーシャちゃんに誘われちゃったわ。でも、アタシの心はいつだって……」
「……」
「あはん、もうダメ。生きてて良かったわ」
 日陰を歩くシヴァの胸元で、白い小薔薇のコサージュが風にそよぐ。
「よく言うよ。あたいの経験からすると、そういうヤツに限って、イイ女がいたらコロッと心変わりするもんさ。……って、どうやら着いたみたいだね」
 赤い羽扇子を持ったグレーシャの手が前方を示し、直後、三人は揃って顔を上げた。
 ――夕日に輝くドレスとタキシード。
 そして、彼らの視線の先にある乗船口には、花で飾られた案内看板があった。

(ゴルゴンゾーラ・カンパニー 新社長 就任祝賀セレモニー)

 午後7時。
 低く汽笛を響かせて、ゆっくりと巨大な客船が出港する。
「さすが、天下のゴルゴンゾーラ社ねぇ」
 会場前のロビーでクリス達を出迎える、オーケストラの生演奏。
 主催者の姿はまだ見えないが、辺りには各界の著名人が顔を連ね、きらめくシャンデリアの下でパーティーの開始を待ちわびていた。
「あら、クリスじゃないの」
 ふいに人波の中から声を掛けられ、振り返ると――。
「ルビア?」
 白い帽子に、スリットの入ったロングドレス。
「アナタも来てたのね。もう、そんなのかぶってるから誰かと思ったわ」
「まぁね。昔から色々あって、あまり顔を晒したくないのよ」
 そう言って、ルビアは帽子のヴェールの隙間から視線をずらす。
「……『牙』、か」
 シヴァと目が合った。
 決して和解したわけではない。が、それで構わなかった。
 ほんの数秒――。無言のやりとりの後、両者は何事もなかったかのように互いに背を向けた。
「それで、そんなアナタがここにいるってコトは」
 クリスが続けて、ルビアの眼差しの先へ意識を傾ける。
「やっぱり」
 吹き抜けのロビーの中央、そこには普段着姿でソファに寝そべっている少年の姿があった。
「ヨウ。全然気付かなかったわ」
 パーティーに似つかわしくない服装にも関わらず、周囲は不思議とそれを気にも留めていない。
「でしょうね。それがあの子の特技だもの」
 おそらく、これも催眠の一種なのだろう。
「どうやら召集みたい。“見える”ってことは、あなた達も呼ばれているのかしらね?」
 ルビアは笑ってヨウの元へ足を進め、クリス達もその後に続いた。



「久しぶりだね、クリストファー」
 ヨウはソファから体を起こし、にっこり微笑んで客人達を歓迎した。
「それで、何か分かったの?」
 ルビアが早々に尋ねる。
「うん。どうやら“ケモノ”が一匹、近くにいるみたい」
 途端にシヴァの顔色が変わる。
 すると、ヨウは彼女の心を読み取り、先回りして言葉を返す。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹