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見えない

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彼女


 森主が彼女と再会できたのは、それからまもなくだった。まもなくと言っても、それは妖怪となった森主にとってのまもなくで、人間の感性でみれば数百年近い年月が経っているころだ。
 そのころの彼は、もともと長く住んでいたのだろう妖怪たちからも恐れられるほどの化け物になっていた。おかげで無言のうちに、彼の周りには誰も近づいてきたことはない。なんてことはないのに、彼は思わずもともと守っていた樹の跡地に生えてきた木に住み着いていた。彼が守っていたころと違って、神聖な力も何もない木だったが、ついあの樹と被ってしまって、嬉しくて嬉しくてついここにいついてしまっている。
 ある日、彼は枝に芽吹いた花芽を眺めていた。彼女が亡くなって、自分の力が対象の生命力を吸うと知ってから、こういう命の変化という概念に妙に関心を持つようになったと感じる。
 不意に、妙に懐かしい感覚に襲われた。それはもういなくなった人の物で、でも確かにそうで、森主は木から飛び降りると、その気配を追って歩き出す。そのうちだんだんと走り出して、他の妖怪と出くわす可能性なんて考えず、夢中になってその気配を追う。
 だいぶ近づいてきて、大きな杉の木をぐるりと回ったときだ。
「きゃっ」
 誰かとぶつかるという、珍しい事態に森主は困惑した。ぶつかった相手は女性のようで、人間の姿をしている。いや、彼女は紛れもない人間だった。自分には見えないはずのその姿に、森主は何故見えるのか疑問を抱いた。さらに、彼女は顔を上げて、森主にしがみついてきたのだ。どうやら妖怪を見ることが出来るらしい。
「助けて!変なのに追われているの!」
 たぶん彼女の言う「変なの」とは妖怪のことで、それは森主も含まれている部類だ。それでも混乱が止まらなくて、つい彼女の腕をつかんで走り出していた。自分の能力のことなどすっかり忘れて。

 結局何に追われているのか解らず、数十分走り続ける羽目になった。森の中をぐるぐると回って、彼がいつもいる木のところにたどり着く。
 そろって肩で息をしていると、彼女が笑い出した。
作品名:見えない 作家名:神田 諷