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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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CASE 05‐潮騒の唄‐


 港ではなく漁村。
 観光地ではなく寂れた場所。
 コンクリの壁に打ち付ける波が風にさらわれ、潮騒[シオサイ]の臭いが鼻を刺激する。とてもじゃないが、爽やかな香りとはいえなかった。
「……腐臭に似てる」
 愁斗[シュウト]は小さな船着場から遠くの海を眺めていた。
 海をはじめてみた。
 しかし、感動できるような景色ではなかった。
 空を映したような濁った海水。
 海岸の横を通る道を愁斗は海を眺めながら歩いた。
 すぐそこの浜辺ではフナムシたちが群を成し、なにかあるたびに一斉にざわめき移動する。フナムシの量は、普段ここに人があまり訪れないことを物語っていた。
 8月の暑い時期だというのに、観光客の影はひとつもない。その要因は今日の曇り空だけではないだろう。やはりここは観光地ではないのだ。
 愁斗がここに来た理由も、もちろん観光目的ではない。
 理由を述べるとすれば、海に呼ばれたとでもいうのだろうか。ふと、気がつくと海を眺めていたのだ。
 愁斗はひとりだった。その姿を大人に見られたら、声をかけられてしまうに違いない。愁斗はまだ10歳にも満たない子供だ。
 幼い頃に家族を襲われ、父は行方不明、母は死んだ。そして、愁斗は魔導結社の施設へと送られた。
 魔導傀儡師である父を持つ愁斗はその才能を見出され、魔導に関する戦闘訓練をあくる日もあくる日も受けた。
 死と直面した訓練を受けるうちに、愁斗は自然と精神を閉ざす術を学んだ。
 施設を逃げ出してから6ヶ月も経たないが、やはり愁斗の瞳はそこらの子供のとは違う。残酷な悪魔ではなく、冷酷なマシーンの瞳。9歳の少年が宿す若さに輝く瞳はそこにはなかった。
 後ろからなにかが近づいてくるのは、500メートル以上後ろに近づいていたときから気づいていた。気にするほどでもないと愁斗は思っていた。世界に住む大半の人間は人を殺さないからだ。
 しかし、それは愁斗の予想を反した。
 自転車のベルを鳴らし愁斗を呼び止める。
 他人に関わるという思考が愁斗からは抜け落ちていた愁斗を殺そうとする者だけが、愁斗と関わりを持とうとするわけではない。思いやりなどで他人に関わるという思考が愁斗にはなかったのだ。
 振り向くと、そこには自転車に乗った制服姿の男がいた。警察官の制服だ。
 地元の駐在警官だろうか。
「どうした、母ちゃんとはぐれたか?」
 無視しようかと思ったが、愁斗は小さく首を横に振って見せた。
 関わりになりたくない。けれど、それが無理なことは警官の態度からもわかった。
「じゃあどうしてひとりなんだ? おまえこの辺りの子供じゃないだろう?」
 この警官は納得できる答えをもらうまで、愁斗の近くから離れないだろう。
 相手を納得させるだけの言葉を持ち合わせていない愁斗は黙り込んだ。
 鋼の瞳に警官の姿が映し出される。
 警官は無意識に怯えた。
 相手が怯えていることは愁斗も察していた。自分が異質な存在であることを知っているのだ。
 黙りこんだ二人の空気を打ち砕くように、野太い男の声がした。
「駐在さんどうしたんだ?」
 無精ひげを生やしたタンクトップの男。浅黒い肌と隆々とした腕の筋肉を見て、この辺りの漁師ではないかと想像ができた。
 しかし、男は片足を引きずるように歩いていた。
 二人の傍に来た男は警官に軽く会釈し、愁斗の頭に大きな手をポンと乗せた。
「どっから来た?」
 警官と同じ質問をされた。
 外の町からこの漁村に来るものは少ない。よそ者が来たというだけで、小さな噂になるようななにもない場所なのだ。
 大柄な男を愁斗は見上げ、鋼の瞳で男の眼を捕らえようとした。
 男は動じず、怯えることもなかった。
 すぐそこにいる警官よりも、強い精神を持っていると愁斗はすぐに判断した。
 警官が愁斗に覚えていることは、男にも伝わっているようだ。
「駐在さんは仕事を続けてくれよ。俺がこの子の面倒見るからさ」
「そうかいそりゃよかった。仕事が忙しくて、この子ばっかりに構ってられなかったんだ。それじゃノブさん頼んだよ」
 自転車のペダルに力を込め、警官は身のこなし素早く去ってしまった。
 二人が残され、愁斗は足早にこの場から去ろうとしていた。それを男の大きな躯が遮った。
「俺の名前は伸彦[ノブヒコ]ってんだ。おまえの名前はなんつうんだ?」
 愁斗は足を止めたが言葉は返さない。けれど足を止めただけで、大きな歩み寄りだ。
 なにも言わない愁斗に伸彦が一方的に話しかける形になる。
「両親と一緒じゃないのか?」
 愁斗は首を横に振った。
「家出でもして来たのか?」
 そう質問しながらも、ただの家出少年ではないことはわかっていた。
 また首を横に振った愁斗に伸彦は顎をしゃくって見せた。
「うちに来い、とりあえず」
 愁斗が答えを出すまで少し間があった。そして、出された答えは愁斗には珍しい答えだったのだ。
 縦に頷く愁斗を見た伸彦は破顔した。とても豪快な笑みだ。
 潮風のにおいがした。
 海に停泊している小型船が大きく揺れている。遠くの海は荒波を立て、空はどんよりと曇っていた。それでいて、辺りは静けさに満ちている。
 ――嵐の予感。

 愁斗が連れてこられたのは木造モルタル塗りの平屋建てだった。
 海から吹き付ける潮風のせいか老化が早く、とても古い家のように見える。嵐でも来たら屋根が飛ばされてしまいそうだ。
 小さな家の中には子供がひとりいた。
 年のころは愁斗と同じか、それよりも少し上だろう。
 子供は物静かに部屋の隅に座って本を読んでいた。愁斗たちが家に入ってきたときも、視線を少し向けただけですぐに伏せてしまった。
 そこにいる子供と親を見比べた愁斗は静かに呟く。
「似ていないですね」
 疑問を聞き返すような顔をした伸彦はすぐに笑って表情を変えた。
「俺と海男[ウミオ]のことか? 見た目も性格も海の男とは思えないがな、目元なんかは俺そっくりだろ?」
 本を読みながら目を伏せている海男。目元が似ているかどうかは、ここからでは判断がつかない。
 伸彦と海男の身体つきを比べる限りでは、似ても似つかない親子に見える。細い海男の二の腕は普段から使われていないらしく、体全体も細身で筋肉質な伸彦とは比べ物にならない。
 海男をひと目見たときから愁斗は伸彦との親子関係を疑っていた。血が繋がっているか、それだけの問題ではない。特殊な気配を愁斗は感じていたのだ。
 家が大きく揺れた。
 外を吹く風は強さを増し、嵐がすぐそこまで迫っていることを感じさせた。
 木造の窓から外の景色を眺めていた伸彦は窓をぴしゃりと閉めた。
「嵐が来たら外に出れないな。嵐が過ぎるまでゆっくりしてくれよ。なにもない家だけどよ、雨風くらいは凌げる」
 掘っ立て小屋のようなこの家が嵐に耐えられるのか。伸彦の言葉には嘘偽りはなかった。
 雨風が次第に強さを増し、荒々しく家の外壁を叩くと、家は物音を立てながら揺れる。それでも家は倒れることなく立ち続けている。
 家の中では特に目立った会話はなかった。物静かに本を読み続ける海男と積極的にしゃべろうとはしない愁斗。たまに伸彦が話をするが先が続かない。