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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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 背格好やおよその年齢、愁斗が女ガンマンの特徴を語るのを伊瀬は静かに目を閉じて耳を傾けていた。もちろんただ聴いているだけではない。このとき伊瀬の脳内では、常人では考えられないほどの情報量が瞬時に処理されていた。
 俗に記憶屋と呼ばれる者たち。その者たちの仕事は物事を記憶すること。使う道具は己の脳のみ。脳をまるでハードディスクのように、瞬時に記憶し、検索し、必要な情報を取り出す。それが記憶屋だ。
 記憶屋の中には亜種もおり、サイボーグ手術によって記憶媒体を身体に――主に脳に埋め込むタイプもいるが、脳に及ぼす影響や、環境の変化に弱い。そのため、人数も少ないことも相まって、ナチュラルタイプは重宝される。
 今ここにいる伊瀬は両親共にナチュラルのサラブレッドだった。しかし、両親共にナチュラルタイプであっても、子供がその能力を必ず受け継ぐわけではない。あくまで確立が高くなるだけだ。
 記憶を伝達するシノプシスに電気が走る。
「該当件数は1ですね。第一予備候補と第二予備候補を加えると数に変動がありますが、特徴的な人物ですから一桁以内には該当者がいると思います」
「その第1候補の名前は?」
 愁斗が尋ねた。
「ヴァージニア――若手のヒットマンですが、ここ最近の間にランクを上げているようです。その名前が裏の世界に現れたのは3年ほど前、それ以前のデータんいついては私も記憶していません」
 ランクとは殺し屋などの総合ランキングのことである。もちろんランキングが高いということは報酬も高くなり、ランキングを上げるということは殺し屋たちステータスになるのだ。
 しかし、ランキングに名前を乗らない、トップレベルの殺し屋もいることを忘れてはならない。
 愁斗――裏の世界での名は紫苑。その紫苑が狙った今回のターゲットは、姫野亜季菜が別の人物の名義で興した会社の技術者であった。その技術者が開発した新兵器と一緒に逃げ、別の会社にその新兵器を売ろうとしているというのだ。
 幸運なことにまだ取引は行われていないらしく、紫苑に設計図などのデータと逃げた技術者の取り押さえが命じられたのだ。しかし、技術者を目の前にして女ガンマン――ヴァージニアが現れたのだ。
 ヴァージニアの狙いは技術者だった。なぜ技術者を狙うのかわからないが、同じく技術者を狙う紫苑と鉢合わせし、紫苑を妨害したのだ。つまり、技術者を誰が殺しても構わないというわけでないらしい。それは紫苑とて同じだった、技術者から設計図などのデータも取り返さなければならないため、葬るのそのあとだ。
 ということは、ヴァージニアもまた設計図を狙う別の企業に雇われたのだろうか?
 それはおそらく違うだろう。ヴァージニアは純粋なヒットマンであり、ターゲットを殺すことだけが仕事だ。それ以外の仕事はしないのだ。ではなぜ?
 仕事を終えた伊瀬が立ち上がった。
「ヴァージニアについて詳しく調べてみます。では、私は外での待機に戻ります」
 部屋を出て行こうとする伊瀬を亜季菜が止めた。
「ちょっと待ってよ伊瀬クン、たまにはウチでのんびりして行きなさいよ」
「私の仕事は24時間、のんびりなどしていられません」
「あっそ」
 亜季菜が突き放したように言うと、伊瀬は雇い主に背を向けて部屋を出て行ってしまった。

 ヴァージニアはベッドの中で震えていた。
 怨霊呪弾は人の怨念を封じ込め作られた邪道の呪弾。それを扱うものは強い精神力を持っていなければならない。さもなくば、自らの呪弾に呑まれてしまうのだ。
 今まで使っていた怨霊呪弾が怖い。怨霊呪弾が恐ろしいとヴァージニアははじめて思った。いや、自分の使っている怨霊呪弾が子供の玩具だと思い知られされたのだ。
 あの仮面の男は何者なのか?
 違う、そんなことじゃない。
 あの男が扱った〈闇〉が問題なのだ。
 〈闇〉とそれが這い出てきた〈向こう側〉の異界。あんなおぞましい狂気を孕んだモノがこの世のモノのはずがない。だから異界なのだ。
 ヴァージニアは怨霊呪弾の技を日に日に磨いていた。呪弾の孕む怨念が増し、強力な力となる。それを扱うためには精神力も鍛えなければならなかった。
 いつか自分の扱う怨霊呪弾もあの〈闇〉のようになるのだろうか?
 ――無理だ。
 いくら自分が精神力を鍛えても、あんな異常なモノは扱えない。
 きっとあの仮面の男も人間じゃないんだ。
 仮面の奥には悪魔か魔物が棲んでいるに違いなんだ。
 ヴァージニアは必死に震えを止めようとした。このままでは自分自身が怨念に呑み込まれてしまう。それは死よりも苦しい。
 ベッドから起きたヴァージニアは、脇に置いてあったリボルバーを見た。
 幾何学模様の刻まれたリボルバーと怨念を封じ込めてある呪弾。これを捨ててしまえば、恐怖から開放される。
 ――強がるのは疲れるだろうに。疲れたときは、その銃を捨てればいい。
 あの男の声がヴァージニアの脳裏に響いた。
「大丈夫、アタシは大丈夫さ。アタシにはこれが必要なんだ。アタシが頼れるものはこれしかないんだ」
 自分に言い聞かせ、ヴァージニアはリボルバーを手に取り、そっと胸に押し当てた。
 二つの鼓動が共鳴する。
 ヴァージニアはリボルバーを台の上に置き、再びベッドに入った。
 そして、意識は安らかな闇の中に落ちていくのだった。

 いつもと変わらぬ授業風景。
 学生服を着た生徒たちが黒板に机を向けて授業を受けている。
 教師の話を聞かずにおしゃべりをする者、机の下でこっそりマンガを読んでいる者、堂々とケータイをいじっている者。
 そして、真摯な眼差しで黒板を見つめ、ノートを取っている者。だが、その者の片手は机の下で忙しなく動かされていた。――愁斗である。
 愁斗は遥か遠くにいる?傀儡?を遠隔操作しているのだ。
 学校を休むこと自体は問題ではないが、中学生である愁斗が真昼間から堂々と町中を歩くのは問題がある。補導される可能性は低いが、人目について印象に残るのはまずい。
 愁斗が操っているのは以前、傀儡に造り変えた若いOLだった。普段はどこにでもいるOLとして生活している彼女だが、愁斗との契約により、時として愁斗の傀儡として活動する。操られている最中の記憶はない。事が終われば彼女は普通の生活に戻っていくのだ。
 今は個人ではなく、ただの傀儡だ。
 愁斗の操る傀儡は町中を歩いていた。
 どこにでも有り触れた住宅街。まばらだが、たまに車の通る。
 平凡の中にこそ、非凡が身を潜めているのだ。
 傀儡はアパートの前に立っていた。築20年以上の安アパートだ。
 かつんかつんとヒールを鳴らしながら傀儡は鉄製の階段を上る。そのまま向かう先は203号室だ。
 インターフォンが鳴った。
 203号室の奥からは物音ひとつしない。
 もう一度インターフォンが鳴った。
 やはり、物音ひとつしなかった。
 再度インターフォンが鳴ると、部屋の奥で微かに物音が鳴った。このとき、生身の体であれば、ドアのすぐ側に立つ人間の気配を感じられただろう。住人がドアスコープで外の様子を伺っていたのだ。
 しつこくもう一度インターフォンを鳴らした。
 すると今度は明らかな物音がして、ドアが微かに開かれた。