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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑アナザー

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CASE 04‐怨霊呪弾‐


 怨霊呪弾。
 幼女が泣き叫び、男が吼え、老婆が嗤う。
 怨霊たちが蠢き、闇を形成する。
 蒼白い仮面の奥で紫苑はなにを思うのか?
 リボルバーから発射された怨霊呪弾を紫苑が迎え撃つ。
 人の怨念を孕んだ呪弾は、発射された直後から紫苑へ向かう途中、辺りの怨念を吸収してさらに力を増していた。
 暗い路地のこの場所は、別名〈切り裂き街道〉と呼ばれる通り魔の多発地帯だった。
 紫苑の目の前で〈闇〉が産声をあげた。それは呪弾の産声か――否。魔導師であり傀儡師である紫苑が呼び出した〈闇〉。
「喰らえ、叫べ、恐怖しろ!」
 仮面の奥から響く声と共に〈闇〉が咆哮をあげた。
 迫り来る怨霊呪弾を〈闇〉が大きな口を開けて迎え撃つ。
 ヘドロが泡立つ音がした。
 〈闇〉が、〈闇〉が怨霊を喰らう。より強い怨念が、弱いモノを喰らったのだ。
「あんた、なかなかやるじゃないか!」
 薄暗い路地に、西部劇から飛び出してきたみたいな、テンガロンハットの女ガンマンの声が響いた。その怨霊を扱うとは思えない容貌と活発な声。
 紫苑は相手に言葉を返さずに、〈闇〉を還すと女ガンマンに背を向けた。
 再び紫苑に向けられる銃口。
「逃げる気?」
「私は君に心の弱さを見た。哀れで殺す気も起きない」
「なんですって!?」
「強がるのは疲れるだろうに。疲れたときは、その銃を捨てればいい」
「バカいうんじゃないよ!」
 上ずり声をあげ、逆上した女ガンマンはリボルバーの引き金を引いた。
 路地に一筋の煌きが放たれた。
 紫苑の放った妖糸は実体のない怨念を容赦なく切り刻んだ。
 耳を塞ぎたくなる絶叫が木霊する。
「〈操りの糸〉で葬られたモノは、成仏できずに縛られ苦しみ囚われる。それらの存在は私を呪い、私の力の糧となる。君は派手な装いと、気丈な態度で怨念に憑かれないようにと必死なのがわかる。君は自分の扱っている力に恐怖している。それではいつか怨念に呑まれるぞ」
 紫苑はそういい残し、夜闇の中に消えていった。
 残された女ガンマンは、紫苑が語る最中も、背を向けて立ち去る最中も、再び銃を構えることができなかった。
 圧倒的な力の差。いや、それだけが理由ではない。再び怨霊呪弾を使ったとき、果たして今の気持ちで怨念に飲み込まれずに済むか。紫苑の言葉により、女ガンマンの心には確実に恐怖が広がっていたのだ。

 グラスにビールを注ぎながら亜季菜はソファーにどっしりと腰を掛けていた。
「その女ガンマンが出てきて標的[ターゲット]に逃げられたの?」
「そうです」
 愁斗は短く答えた。その口調は機械的で、感情がまったく感じられない。
 鼻でため息をついて亜季菜はグラスの中身を一気に飲み干した。口の周りの泡を手の甲で拭うと、ついで亜季菜は唇を艶かしく舌で舐め取った。
「今日のビールは苦いわね」
「皮肉ですか?」
「そうよ」
 再び瓶からグラスにビールを注ごうとするが、グラスの中には滴が落ちるのみで、亜季菜はビール瓶を持ちながらキッチンを指差した。
「ビール取ってきて」
「それが最後です」
「うっそ〜ん」
 床には空瓶が一本、二本……六本もある。飲みすぎだ。それでも酒豪の亜季菜はまったく酔った様子もない。
「ビール切れたなら、こっち来て肩揉みして頂戴」
 酔ってなくても絡むのは普段からだった。
 愁斗は嫌な顔をしながらも亜季菜の肩を揉み始める。昔は嫌な顔すらしなかった。
 嫌な顔をするのは、感情を表に出すようになって来た証拠だと亜季菜は思っている。ただ、仕事のことになると、機械的で感情が乏しくなる。仕事の内容を考えれば感情を消したほうがいい。けれど、亜季菜は愁斗にただの人形になって欲しくないと思っていた。
「肩はもういいから、次は脚」
 そう言って亜季菜はソファーの上でうつ伏せになる。肘置きに両腕をクロスさせながら置き、頭と足がソファーから少しはみ出る。
 ミニスカートから伸びた脚はスラリと長く、引き締まってはいるが女性特有の柔らかさも備えていた。食べてしまいたいとはよく言ったものだが、亜季菜の脚はまさにそれと言えよう。
 ふくらはぎを揉まれる亜季菜の表情は至福の笑みを浮かべている。
「あぁん、やっぱり愁斗のマッサージが一番効くわ。そのまま腰も揉んで頂戴」
「わかりました」
「昨日ホテルで呼んだマッサージが下手で下手で、すぐに帰ってもらっちゃったわよ」
 マッサージをする愁斗の手つきは成れたものだ。妖糸を扱う傀儡師ということもあってか、指先の動きは卓越しており、並みのマッサージ師よりよっぽど上手い。
 腰に手を掛けたところで愁斗の指に力だ入った。
「ところで亜季菜さん」
「なにかしら?」
「女ガンマンについてなにか心当たりは?」
「まだ仕事の話する気?」
「はい」
「嫌よ」
「困ります」
「明日」
「わかりました」
 愁斗は粘ることはなかった。気分屋の亜季菜にごり押しをしても駄目なときは駄目だ。明日というなら明日まで待つしかない。だが、必ずしも明日まで待つ必要はない。
「マッサージ終わったら伊瀬クンに調べさせるわ」
「今日も伊瀬さんは外で待機ですか?」
「そうよ」
「たまには部屋に呼んだらどうですか?」
「愁斗ってば、いつからそんな気遣いできるようになったの?」
 問いに対して愁斗は無言で答えた。それっきり愁斗は口を開くことなく淡々とマッサージを続けた。
 亜季菜はため息をつく。沈黙を好まない彼女はめんどくさいそうにテーブルの上からケータイを取った。掛ける相手は今出たばかりの名前だ。
「もしもし伊瀬クン部屋に来て頂戴」
《緊急事態でしょうか?》
「違うわよ。たまには部屋で一杯やりましょうよ」
《勤務中なので丁重にお断りします》
 すかさず愁斗からもツッコミが入る。
「お酒はもうありませんよ」
「わかってるわよ」
《わかっているなら、誘わないでいただきたい》
「そうじゃなくて!」
 怒ったように亜季菜は声を張り上げた。
「そうじゃなくて、今のは伊瀬クンじゃなくて愁斗に言ったのよ」
《そうですか》
 二人そろってこの口調だ。どちらも機械的で、性質の違う亜季菜を疲れさせる。友達ならばとっくに疎遠になっているタイプだ。それでも亜季菜が二人と付き合うのは、彼女にとって?メリット?があるからだ。
「とにかく、部屋に至急来て頂戴。愁斗も会いたがってるわよ」
 伊瀬の返事を待つ前に亜季菜はケータイを切った。
「僕は別に会いたいだなんて言ってませんけど」
「気にしない気にしない」
 マンションのインターフォンはすぐに鳴った。
 もちろん亜季菜に否応なしに呼ばれてしまった伊瀬だ。
「愁斗君こんばんは」
「こんばんは」
 玄関からすぐに愁斗によって伊瀬はリビングに通された。
 リビングでは亜季菜がタバコを吹かせている。
「さっそくだけど伊瀬クン仕事よ」
「仕事なら『一杯』などと言わずに、最初からそう言ってくださればよかったのに」
 視線を落としながら伊瀬はソファーに腰掛けて眼鏡を掛けなおした。これが彼の準備万端の合図だ。
 亜季菜は愁斗に促し、女ガンマンについての情報を語らせた。