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夏の怪物は何を思う

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子供の頃、とにかく回り道が好きで家に帰るのですら、様々な道を辿って帰っていた。無意味に裏道を通ったり、藪道獣道に潜り込んだりと、ふらふらと小さな冒険を繰り返しながらの、毎日の家路を楽しんでいた。
 いつの間にかその悪癖もすっかり抜け、今では如何に最短距離最速時間で家に帰りつくかを考えている。この夏の話は、そんな回り道の話だ。

 その日の夜も、両隣からテレビや話し声が洩れ聞こえ、たまに国道を大きな音を立てながら単車が走っていくという、いつもと変わらぬ雑多な静けさに包まれた夜であった。
 このボロアパートは南側に大窓があり、その大窓からは綺麗にまん丸な月が覗いていた。
 さて、いつもは気にすることもないお月様であるが、今夜は少し事情が違った。残り一本となっていた蛍光灯の寿命がついに尽き、部屋の中が真っ暗になってしまったのだ。
 このまま寝てしまおうと思ったが、寝苦しさを感じる暑さの為にいつまでたっても眠気はやってこない。
 少し布団の上に寝転がるだけでタンクトップがびしょびしょになってしまい、その上喉も乾いてきて、寝てもいられずに布団から出る。その頃には隣人は寝入ってしまったのだろう。窓の外から聞こえてくる車の走行音か、虫の鳴き声ぐらいしか聞こえてくるものがない。
 ついでに冷蔵庫の中には何も飲み物がなかった。連日の猛暑で麦茶のポットが空っぽになってしまっていた。そのくせ素麺の汁だけはポットになみなみと入っている所為で、余計に何か飲み物が飲みたくなって来る。
 蛍光灯も切れてしまっている。飲み物が飲みたくて、かつ必要な物もある。私は、汗だくの肌からタンクトップを剥ぎとり、シャツと上着を適当に羽織ると、ボロアパートを出る。
 どうせだから夜の散歩も兼ねてコンビニに行こう、自転車には手を出さなかった。
 コンビニというのは大体歩いていける距離にあるものだ。特に人口密度の濃い場所ではその傾向が顕著であり、歩いていける距離にコンビニがないとしたら、それは田舎町ぐらいのものだろう。
 この街は学生が多く、夜でもふらふらと遊びまわる学生の姿をちらほら見る。点在するアパートやマンションの灯りを横目に、私も夜の町を学生らと同じようにふらふらと出歩く。
 程なくして、コンビニへと辿り着く。蛍光灯と二リットルペットボトルのお茶、発泡酒を数本購入すると、帰宅の路に付く。
 しばらく歩くと、裏道にそれる道を見つける。行きはコンビニに行くことを主眼に置いていた為見逃していたが、ふとこの薄暗いわき道を通ってみたいという衝動に駆られた私は、そのまま街灯一本が照らす裏道へと潜り込んでいく。
「……この辺、昔通った道だ」
 この道には見覚えがあった。子供の頃、学校から家まで寄り道染みた冒険をする為に潜り込んだ覚えがある。
 確か、この道を坂の上まで上っていくと、ちょっとした広場に出たはずだ。昔、その広場で遊んだ覚えがある。そのまま坂道を上っていく。
 程なくして、道からそれる形でぽつんと隠れるようにその広場は現われる、筈だった。
「なくなってる?」
 いや、なくなっている、というわけではなかった。手入れもされずに最早広場というよりは林というべきか、膝上ほどの雑草がびっしりと生えてしまっている。
 その雑草を蹴り折り獣道を作るつもりで潜っていく。すると、不思議とあまり雑草が育っていない場所へと繋がった。切り株を中心に、ぽっかりとその辺だけ雑草の伸びが悪かった。
「――っ!」
 その切り株の上に腰掛け、夜空に浮かぶ月を眺める影があった。
 それは、本当に影だった。のっぺらぼうな影法師のような生き物。目のようなものが二つだけ光っており、それはひたすら月を眺めていた。
 まるでこの空間はこの影法師の領域のようだった。汗すら止まり、目は影法師に釘付けになってしまう。
 影法師がこちらに気付く。落とすように首を折り、目のようなモノはまっすぐと私を射抜く。
 思い出したかのようにぶわっと汗が溢れ出す。私は思わず悲鳴を上げることすら忘れてきた道を走り逃げた。
 草むらの中を迷わなかったのは運が良かったのか、それとも無意識に蹴り折った草を目印にして元の道に戻ったのか、いずれにせよ、気が付いた時にはいつものボロアパートの自室にへたり込んでいた。

作品名:夏の怪物は何を思う 作家名:最中の中