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最初で最後の恋(永遠の楽園、前編)

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 私は恋をしたんだ。生まれて初めての恋を。あの透明感のある、美しい男性に。私にないものを、すべてもっているだろう彼に私は一瞬で妬け付く様な、恋をしたんだ。でも、彼、彼は誰?名前もわからない。

-----------------------(p.5)-----------------------

店主が、たばこをくゆらせながら言った。

「お目覚めかい けいちゃん。あのさ、おせっかいかもしれないけど、山のことわかんないことあったら、いつでも、けいちゃんに聞いてくれって さっきの客に言ったらさあ、名刺を出して、よろしくって言ってたよ、だからさ、けいちゃんの携帯の番号、教えといたぞ。」

 店主は不器用なウインクをして私に名刺をわたしながら、そう言った。

 はたから見たら、だれでもわかるような、様子だったのだろう。私はほてった顔をさらに熱くさせ、うつむきながら、ありがとう。と答えた。
 
 私の最初で最後の恋が始まった。

-----------------------(p.6)-----------------------

 恋愛というのは、こういう事なのか、三十も真近になって初めてかかった病に私は面食い、動揺した。とにかく何をしても上の空の毎日が続き、仕事でもつまらぬミスをするようになり、たまらず、同僚でもあり親友でもある、智子が声をかけてきた。

「ねえ、けい、最近、どうしたの? どっか身体の具合でもわるいの?」

昼休み、会社の近くのスタバで、心配そうな親友の顔が目の前にあった。
 
「うん、あのね、私ね、実はね、うん、実はね。」
 
「一体、どうしたのよ、けいらしくないなあ、あっひょっとして、好きな人が出来ちゃったとか。」
 
「う、うん、どうもそのひょっとしてみたいなの。」

「えっえええ!ほんとなの けい。びっくりだなあ。あっごめん。それで、それで、どんなひとなの、ねえ、ねえ、どこで知り合ったの?」

 カフェラテを むせて口のはしから こぼしながら、智子は尋ねる。
私は ナプキンをくるくる、いじりながら、この間の電撃的な出会いを話した。

「うん、それで、それで、彼氏からは、連絡はあったの。」
 
「まだ、ないよ。」

そういえば、あれから4日だというのに、彼(名刺で高倉 弘という名前は確認してあった)からは、連絡がない。

-----------------------(p.7)-----------------------

「そっかあ、まだないのかあ、やきもきするよねえ、ねえ、そうだ、こっちから連絡しちゃえばいいよ。けいの性格からして、おとなしく待ってるのは似合わないよ。会社でもなんでも、かけちゃえ、かけちゃえ。」

「とんでもないよ。そんなこと、無理、無理、絶対、無理だよ。」

耳から熱湯が吹き出しそうに 顔が熱い。

「どうしてよ。山岳部OBの奴ら、夜中に呼び出して、朝まで飲んでる、けいがよく言うよ。」

「あいつらは 人とは思ったことないよ。うん 人畜無害の動物って感じだな。山羊かな。」

「あっ、ひどいなあ。今度、奴らにあったら 言いつけちゃおっと。」

「いいよ別に、これでもだいぶ、ほめたつもりだよ。」

スタバの客が振り向くほどの 笑い声が店内に響く。

智子とは、大学の山岳部の戦友で 親友だ。
最初は十五人ほど、女子がいたのだが、厳しい訓練と 臭い男、どこでも用をたさなくてはならない過酷な環境で気がつくと、私と智子、そして、一学年下の美咲だけになっていた。後は勧誘してもすぐみな辞めてしまった。

 私たちは、三人で、「女捨て隊」と名乗るどう見ても、男が逃げ出す会をつくり、姉妹のようにいや 姉妹以上に励ましあって、学生時代を過ごした。

 就職活動もせず、山にばっかり行ってたものだから、今、在籍している会社の役員である智子の父親に お世話になったのだ。

-----------------------(p.8)-----------------------

「ねえ、ねえ、それで、それで、どんな人なの、その彼は。」

「うん、どんなって言われてもね。そうだな、透明な人かなあ。」

「透明な人・・透明人間! ついに 山岳部の動物どもじゃ もの足らずに モンスターを好きになっちゃたか。
 さすが 女捨て隊、隊長、沢尻けい 恐れいりました。」

ふざけて、敬礼している智子を制して私は続けた。

「透明で存在感がないんだけど 美しいだよ。壊れそうな位、美しいんだ。
 なんだろう、思い出しただけで、涙が溢れる位、美しいんだよ。」

涙が 丸めていたナプキンの上に 落ちた。次から次へと落ちた。

霞んだ目で 智子を見ると、智子もポロポロ 泣いている。

「わかるよ、けい、良くわかる。けいは 純粋だもん。 危なっかしくて、抱きしめて守ってあげたい位、純粋だもん。
今どき、中学生でもいないよ。けいみたいにピュアな人、居ないよ。
 そのけいが 初めて 本気で好きになった人だもん、透明なんだよ、純粋で美しい人なんだよ。
 それで、その美しさは、けいだから わかるんだよ、見えるんだ。
だからね。わかるよ。そこいらに転がってる、恋じゃないってこと。
 間違いなく彼も けいの事、透明に見えてるよ、絶対。」

智子は泣きはらした目で私の頭を抱きしめた。

店の外に出ると、街路樹もショーウインドウも すっかり夏色のフィルターを外して華やかになっていた。
私は恋の熱病にかかっていて 季節の香りが分からずにいたんだ。
この陽光の中、彼が透明な錯覚に思えて、景色がぼやける。

 その晩、携帯が鳴った。知らない番号、震える指でボタンを押す。

 彼からだった。


-----------------------(p.9)-----------------------

 震える手で握りしめている携帯から、深呼吸の息遣いの後、一度だけしか、聞いたことがないけど、忘れるはずもない、彼の声。

「あ あの、夜分、申し訳ありません。僕は、あの高倉、いえあの、高倉 弘というモノですが、あのこの間は、お世話になりました。そう、あの渋谷で、お世話になりました。
沢尻さんの..いえ、あの、沢尻 けいさんの携帯でよろ、よろしいでしょうか。」

もう、私の目からは すでに止めどもなく、涙があふれている。

「は、はい、沢尻です..沢尻…沢尻けいです。」

「すぐに ほんとにすぐに、お礼を言わなくては、いけなかったんですが、申し訳ありません。」

「いえ、選んだ用具は、合いま,,いえ、気に入ってもらえましたか。」

「と、とっても、どうもありがとうございます。それであの すぐにお礼を言わなくてはいけなかったんですが、その、言えなくて、どうしても、あの、言えなくて。」

「は、はい,,」

「あの..沢尻さんが、沢尻さんが..失礼ですが、あの、あの、初めて見た時、見たときに
透き通って… 透き通って、見えたんです。」

「は,,,い。」

「あの、あの、信じてもらないかもしれないですけど、本当にほんとに、そう、そうです氷河の泉のように、澄んでみえたんです。」

「は..い」