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てっしゅう
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「不思議な夏」 第七章~第九章

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「志野さん、明日はいよいよですね。ご一緒することがとても楽しみですわ」
「はい、私もです。瑠璃ちゃんと一緒に行けることがとても楽しみです」
「ママ!瑠璃もしいちゃんと一緒が嬉しい」

志野と言いにくかったので、しいちゃん、と呼んでいた。亜矢には離婚してから初めての旅行になった。もちろん瑠璃にとっても同じだ。降って沸いた幸せを存分に楽しもうと瑠璃の顔と志野の顔を見てそう思った。

8月3日月曜日の朝、4人は揃って家の前にある名鉄電車の駅から地下鉄を経由して名古屋駅まで向かった。サラリーマンのスーツ姿が目立つ月曜日朝の新幹線ホームの風景が見られた。志野は駅のホームにたくさんの人がいることにまず驚いた。瑠璃の手をしっかりと握り締めながら、周りをキョロキョロ見ていた。

「しいちゃん、なに見てるの?」そう瑠璃は聞いた。
「うん、人が多いなあって・・・驚いているの」
「うん、お仕事なのかな」
「そうね、男の人は大変ね」
「瑠璃には、パパが居ないの・・・わかんない」
「・・・そうだったわね。でも、今は志野がいるから大丈夫よね?」
「うん!しいちゃんがパパ!」
「それは変よ!ハハハ・・・おねえちゃんでしょ?」
「だって、パパみたいに強いんだもん」
「ええ?どうして?」
「ママが言ってたよ、誰にも負けないって」
「剣道の事ね。イヤだわ、ママと一緒でおしとやかな乙女なのよ」
「おしとやか?なにそれ?」

傍で聞いていた貴雄が大笑いをした。
「貴雄さん!何がそんなに可笑しいのですか」
「すまん、おしとやかをどう説明するのか考えちゃった」
亜矢もつられて大笑いをした。
「亜矢さんまで・・・もう、志野はおしとやかだと思っていないんですね!」
「いいえ、そうじゃないのよ・・・瑠璃との話が可笑しくって」
「瑠璃ちゃん、おしとやかって言うのはね、こういう大笑いしたり、人を怒らせたりしない女の子の事を言うのよ」
「うん、解った。瑠璃もおしとやか?」

これにはみんな大笑いをした。
「そうね、瑠璃だけがおしとやかなのかも知れないね」

列車がホームに入ってきた。

座席はABCと三席に貴雄、志野、亜矢と座り、瑠璃は母親の膝に座った。未就学の子供は混雑時にはそうして下さい、と言われたのでその通りにした。通勤時間帯なのでほぼ満席になってのぞみ号は東京に向けて出発した。瑠璃は窓の外を見ながら、速いね、と連発していた。瑠璃のその驚きより、志野が体験している驚きの方が大きかったのかも知れない。

じっと外の景色を見る志野の瞳がそれを感じさせていた。
田園風景に変わる頃からスピードが上がってきた。志野には経験のない速さだ。
「貴雄さん、どのぐらいの速さなんですか?」
「250キロ辺りかな・・・東京と大阪を2時間ほどで結ぶ程度」
「大阪からの帰りに乗せてもらったプリウスの・・・倍以上の速さなんですね・・・鳥より速いかも知れない」

この話を聞いていた亜矢が不思議そうな顔で志野を見た。
「志野さん、初めて新幹線に乗ったのですか?」
「はい、そうです」
「じゃあ、飛行機には乗った事があるの?」
「ありません。空を飛ぶんですよね?」
「ええ?もちろん・・・そうなの」

ちょっと変な感じに受け取られたようだ。貴雄はこの先の会話で誤解を招かないように付け加えた。
「志野は助けたって話したでしょ?その時に記憶の一部を無くしているようなんです。時々変な事を言いますが気になさらないで下さい」
「はい、失礼しました。存知あげなくて・・・私と瑠璃には変わらない志野さんですもの、気になさらないで」

瑠璃は志野の膝に移ってきた。「しいちゃんがいい」そう言って。亜矢はこれほど懐いている瑠璃が逆に心配だった。いつか志野は木下の奥さんになる、そして子供が出来る。瑠璃との接触も減ってくるだろう。淋しがらないか、今から不安になっていた。

車内放送で「進行方向左手に富士山が見えます」と案内された。窓から外を見ると綺麗に富士山が見えた。その雄大な山の姿に志野は感激した。瑠璃も「大きいお山」と声を出していた。日本人にとってやはり感動的な姿に写る富士山は、そこに単独でそびえているから、美しいと感じるのかも知れない。

列車はやがて高層ビル群が林立する東京都内に入ってきた。「次は終点東京です。乗り換えの御案内をいたします・・・」そう、アナウンスがあって、ゆっくりとしたスピードで有楽町を過ぎ東京駅のホームに止まった。荷物を持って貴雄と志野達は、乗り換えのために長野新幹線のホームへと向かった。長野行きあさまが軽井沢に着いたのは11時前になっていた。

早めに昼ごはんを駅前で済ませて、予約してあったレンタカーで草津へ向かった。志野は匂いで感じるのだろうか、周りの山や川の向きで位置を確かめられるのか、自分が懐かしい場所に来ていると言う実感を感じ取っていた。

「真田村は左の方向ですね・・・多分。違いますか?貴雄さん」
「ちょっと待って・・・カーナビで見ると・・・そうだね。方向は合っているよ」
「そうですか、明日が楽しみになってきました」
亜矢が尋ねた。
「真田村って・・・志野さんの生まれ故郷ですの?」
「ええ、そうなんです。もう家はありませんけど・・・多分」

多分ではなく絶対に無かった。何故無いのかと言う説明をどうしたらよいのか迷っていると、貴雄が助け舟を出した。
「亜矢さん、志野の両親は大阪に引越したあと、実家は無くなったようだよ。詳しくは知らないけどね」
「そうでしたの・・・私はずっと名古屋だから、そう言う故郷っていう場所が無いのよね。実家の母は直ぐ傍だし・・・」
「それのほうが何かと都合がいいですよ。ボクも両親がいないから、実家というものが無いんです。これから志野と暮すあそこが実家になるので・・・」
「そうよね、これからお二人で作ってゆかれるのよね。楽しみね。志野さんに早く子供が出来るといいわね。瑠璃もきっと可愛がってくれると思うわ」
「ママ、しいちゃんに赤ちゃんが出来るの?」
「そうよ、そのうちにだけど。瑠璃はおねえちゃんになるわね。ちゃんと出来るかしら・・・」
「大丈夫だよ、お手伝いできる」

貴雄は、偶然の出会いで知り合った志野と一生暮らしてゆく。その中に亜矢と瑠璃もかかわってくるのだろうとこの時は思っていた。

硫黄の匂いが鼻に感じられて草津が近い事を志野は覚えた。エアコンを入れて締め切っている車内にわずかに入ってくる匂いに「ママ、臭いよう」と瑠璃は言った。亜矢は諭すように、

「瑠璃、これはね温泉の匂いなの。我慢しましょうね」と話す。
「瑠璃ちゃん、もう直ぐ到着よ。一緒にお風呂入りましょうね」志野がそう呼びかけると、「うん」と元気に答えた。

宿に入る時間まで、車を駐車場に置いて温泉場を観光した。春先や秋ほど人は多くなかったが、日本三大名泉と言われるだけあって、湯煙が上がる景観は雄大であった。志野は自分の中の記憶とは少し違ってはいたけど、都会ほどかけ離れた変化では無かったので、落ち着いた心持であった。