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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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リブレ

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いつもの笑みとは違う笑みを浮かべるクィンの手から閃光が放たれた。それはレーザービームのように真っ直ぐと伸び、ゼオスの肩を貫き左腕を丸々吹き飛ばした。レーザービームは容赦なくゼオスに発射される。右腕を吹き飛ばし、左右の足を吹き飛ばしゼオスの身体は胴体を残すのみとなった。
 ゼメキス伯爵は戦慄を覚えた。役立たずだったクィンは今、大貴族ヴィリジィア伯爵に戦慄を覚えさせたのだ。
 だが攻撃を受けた当の本人――ゼオスはなんとも言えぬ至福の笑みを浮かべているではないか!?
「くくく、メフィスト息子たるすばらしい力だ。いや、メフィスト以上かもしれない……まさに神をも恐れぬ力だ。けれど僕も神など恐れてはいない」
触手が伸びた。ゼオスの体の各部を吹き飛ばされた傷口から幾本もの触手が蠢きながら伸びたのだ。
 触手はそれ自体が意志を持っているように動き、獲物を見つけた。
 静かに眠る眠り姫に魔の手が襲い掛かる。触手は足に巻きつき、腕に巻きつき、身体を締め上げる。触手はついに薔薇姫の体全体を覆い隠した。
 ゼメキス伯爵が走る。薔薇姫を救おうと床に転がるゼメキスの腕から槍を取ろうとした瞬間、突如腕から生えた触手がゼメキス伯爵の腕に巻きつき放さない。ゼメキスは触手を鷲掴みにしてむしり取ろうとするが触手は驚異的な早さで再生し、やがて伯爵の身体を覆い尽くした。
 伯爵を取り込んでしまった触手は奇怪な動きをして本体と融合された。本体は触手を何メートルも伸ばし巨大な怪物へと生まれ変わった。
 胴体と顔を残して全てを触手で構成された全長6mの怪物の身体は常に波打つように蠢いている。
 ゼオスは声を発した。しかし、その声はもはや口からは発せられているのではない、身体全体から発せられていた。
「くくく、どうだい、すばらしい身体だろ? 僕は昔生命科学研究所の研究員をしていた事があってね、これはその研究の成果。僕はもともと妖魔貴族と翼人とのハーフだったんだけど、それだけじゃ僕は物足りなかった。だから手始めにメフィストのDNAを取り込み、その後もいろいろな生物を取り込んでいった。つまり僕と君とゼロは同じ者の力を持つ兄弟のようなもの」
「……ふっ。だからどうした? 戦いは最後まで生きてた奴が勝ち、違うかい?」
紅蓮の炎が突如宙に現れ怪物目掛けて激突した。
「ぎぎゃーーーっ!!」
幾本もの触手をのたうちながら燃え上がる怪物。――しかし、炎はすぐに消えてしまい怪物は黒焦げになり煙を上げている。その黒焦げになった身体の皮膚には干上がった水辺のようにおびただしいひび割れが生じた。それが剥がれ落ちるや中から新たな皮膚が現れ、触手はまた動き始めた。
「くくく、全身を炎で焼かれたのはこれで2度目だ。けど僕の皮膚は特別せいでね、炎は熱いが焼かれることはない」
「ならこれならどうだっ!!」
怪物の頭上で叫び声が上がった。ジェイクだ、怪物の頭上にいたのは槍を怪物目掛けて降下するジェイクだった。
 槍はゼオスの胸に突き刺さった。突き刺さっただけではない妖魔の核を突き刺したのだ。妖魔には死という概念は無い、核さえ残っていれば長い年月はかかるだろうが再生は可能だ。だがその核を破壊されるとどうなるか? 妖魔には『死』ではなく『消滅』がある。肉体は跡形も無く消滅し、精神すら残らない、無に還るのだ。妖魔はそれを恐れる。
 槍を突き刺したジェイクは手を離し怪物の身体を蹴って後ろに飛び退く、そこに空かさずクィンの雷系魔法が放たれた。
 放たれた雷光は避雷針の代わりをした槍を通して怪物の核を直接攻撃する。
 怪物の身体が大きく震えた。――止まった。怪物の動きが止まった。
「終わったのか?」
ジェイクの呟きと共に怪物の身体は砂のように崩れ落ちた。
「……!!」
崩れ落ちた砂の中から現れたのは漆黒の翼を持つ一糸纏わぬゼオスが立っているではないか!? しかし、なぜ核を破壊された筈のゼオスが生きているのか?
「くくく、残念ハズレ、僕の核は一つじゃない。そしてさっきのはサナギだ。僕は完全にゼメキス伯爵と薔薇姫を取り込んだ」
「ならば、核を全て壊すのみだ」
この場にいた全ての者がその声を発した者――視線が刃丈の長い剣を持つその男に注がれた。紅き死神――ゼロの瞳は氷のように蒼く冷たかった。
「くくく、ようやくお目覚めかい、ゼロ?」
ゼロを呼ばれた男は口の端を上げ答えた。
「否、ゼロに在らず。私はカインだ」
ゼロの身体と顔を持つ男は自分のことをカインだと名乗った。しかし、カインと名乗った男はゼロ以外の何者でもない、果たしてどういうことなのか?
「どーゆーことだよ意味わかんねぇよ」
「僕に聞かれても」
二人の若者は互いに顔を見合わせ、ゼロを見て反応がないと知りゼオスを見た。
「おもいろい、くく、これがメフィストの実験の成果か……あと君の身体の中には何人貴族がいる?」
「返答する必要性が皆無だ」
疾風のごとく翔けるカインの剣が煌き空気を断ち切り、空間すら切った。
 ゼオスの額から冷たい汗が流れた。彼は紙一重でカインの剣を避けたのだ。しかし、避けた筈の剣はゼオスの胸を切り裂き、一筋の紅い線を付けていた。
「君の攻撃はゼロの2倍……いや2.5倍、スピードもゼロ以上だ。けど僕には勝てない、なぜだかわかるかい?」
……この問いに答えるものはいなかった。
「僕は薔薇姫を取り込みその力を得た。そして彼女すら操れなかったモノを今や操る事ができる」
ゼオスの手は宙に伸び見えない”何か”を取った。
「君たちには見えないだろうが僕は今、時間の一部、もっとわかりやすく言うと歴史の一部を取った」
「……アカシック・レコード」
クィンが小さく何かに怯えるように呟いた。彼は人間――いや、全ての生物が触れてはいけないモノを目の当たりにしてしまったのだ。
 宇宙の記憶と呼ばれることのあるアカシック・レコードとは、この世界、全宇宙のありとあらゆる出来事、思想、知識、個人の感情までをも過去と現在、そして未来にまでも記憶してある媒体であるという。その記憶を読み取ることのできる者は数が限られ、読み取るといってもその膨大な記憶のほんのわずかしか読み取れなかったという。
 ゼオスはアカシック・レコードを読み取れるひとりとなったのだ。
「この記憶にはこれからここで起こる事が書いてある。くくく、けど君たちには秘密だよ。今の僕は記憶を読み取る事しかできないけど、いつかアカシック・レコードを書き換える能力を身に付けてみせる。だから今日は退散するよ、でもおみやげは置いて行くよ、くはははは」
鋭く研ぎ澄まされた切っ先が胸に刺さる刹那、ゼオスの身体はその場から消滅し、ゼロの一刀は空を突いた。果たしてゼオスの置きみやげとはいったい何なのか!?
 ゼオスが消えてすぐクィンは頭痛と吐き気に襲われ膝を付いた。彼の顔が見る見るうちに狂気の形相を浮かべ、歪んでいった。まさか、これがゼオスの残していったものなのか? 
「……申し訳ありません……妖魔の力が……暴走し始めたみたい……です」
足が振るえ、手が振るえ、身体全体が局地地震に襲われたようにガタガタと震え出す。これは尋常ではない。
 長剣の切っ先がクィンに向けられた。
作品名:リブレ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)