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篠原 楽園の君に

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 結局、何も言えず、ただ名前を呼んだだけだったと、妻は笑っている。ずっと、四十年も夢を見ていたのだ。ただ、その一瞬を。
「今度は、なんてお別れをするか考えなくてはね。お兄ちゃんに、「さよなら」なんて陳腐な台詞は言いたくないわ。」
 そして、今度は別れる夢を見るらしい。ただ一瞬のことを、そうやって妻は夢見ていたのだ。
「愛、篠原にうまいものでも食わせてやれ。」
「ええ、料理の腕も見せなくてはね。私はベテラン主婦なんだから。・・・やっぱり、聡さんと一緒に待っててよかった。あなたは、きっとそう言って迎えてくれると思ってた。ありがとう。結婚してよかった。」
「信じてなくて、セラピストに診せた夫だぞ、俺は。」
「それは仕方がないわ。だって、私も信じていなかったもの。」
 ニコニコと笑って、妻は首を傾げた。夢を見ることと信じていることは別物だ。妻は兄が逢いにきてくれるという夢を見ていたのだ。ああ、そういうものなのか・・・と、妙に納得はした。確かに信じているには長い時間だった。
「おまえ、それは篠原には言ってやるなよ。あいつ、随分と無理して戻ってくれたみたいだからな。」
「当たり前です。でも、夢が現実になるというのは楽しいものね。・・・私がもう少し若ければ満足なんだけど。これじゃあ、お兄ちゃんと釣り合いがとれないわ。」
 若い頃から20キロは増えた体重で、妻はくるりと自分を見回して苦笑した。
「それこそ、自分は30歳ばかり若返ったことにしておけ。それなら、十分に釣り合いがとれる。」
「ああ、そうね。」
 ふたりして、久しぶりに顔を見合わせて笑った。そのままのあいつが戻ってきた。それで自分まで若返った気がする。少しだけ、また一緒の時間を刻む。年令はかけ離れてしまったが、それでも嬉しい。

作品名:篠原 楽園の君に 作家名:篠義