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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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 かすかに反応する奏の口元。そこに慎太郎が自分の指を入れて隙間を広げる。
「航」
「うん」
 指が挟まったままの隙間に、航が薬を入れた。同時に慎太郎が指を抜く。
「飲めるか?」
 口を閉じたその喉元がゴクリと動いた。硬直していた奏の身体が、次第にしなやかさを取り戻していく。
「……シンタロ……。俺……」
 驚きの余り、固まってしまった自分に自己嫌悪に陥る。
「おう?」
「俺……」
「お疲れ」
 奏を抱えたまま、慎太郎が隣に屈み込んでいる航の肩を叩いた。
「怒鳴って悪かったな」
 慎太郎の笑顔に航が首を振る。
「俺、なんも出来ひんかった……」
「薬、飲ませたじゃん」
 屈んだまま、航が膝に顔をうずめた。
 目の前で発作を起した奏に手を差し出すどころか、その事実を受け入れることが出来なかった。慎太郎に怒鳴られるまで、何をするべきなのか分からなかった。奏の父から、ちゃんと話を聞いていたにも係わらず、実際に発作を見て、頭の中が真っ白になってしまったのだ。
「落ち込むなよ」
 慎太郎が笑顔で航の肩を叩く。
「俺だって、最初はパニくったんだから……」
「“最初”?」
 奏の発作に出くわしたのはこれが初めてではないのか、と航が首を傾げた。
「一年前のお前ん時。何していいか分からなかった俺を奏が助けてくれた」
 意識を失った航を車両から運び出し、119番してくれたのは奏だった。
「“ふたり”じゃどうしようもない事だった」
 あの日をきっかけに、慎太郎は航の後遺症について色々調べたのだ。何かあっても、頭が真っ白になったりしないように。ちゃんと、動けるように。
「俺……、ちゃんと分かってるつもりやった……」
 血の気が戻って来た奏の手を握る。いつ倒れて、いつ死んでしまうかも分からない航と違って、確実に死期が迫ってきている奏。漠然とした未来の“死”とは違い、もう手の届く位置に“死”が見えている事を初めて悟った。
「……シンタロ……」
 もしかしたら、奏はこのままいなくなってしまうかもしれない……、そんな恐怖に気付いた航が慎太郎を見る。いつ倒れるか分からない自分といるのは、物凄い“恐怖”ではないのだろうか? それに加えて、既に死期の迫っている奏がいる事は、“負担”にはならないのだろうか?
「ん?」
「……あのな……」
 どう切り出していいものかと言葉を濁す航の頭に、慎太郎の大きな手が乗っかった。
「何があっても、そばにいろよ」
「え?」
「三人いれば、絶対に大丈夫だから」
 三人で支えあっていれば、“死の恐怖”に打ち勝つ何かが見付かる……。そんな想いが聞こえたかのようだった。
「……うん」
 己の不安を見抜いたかのような慎太郎の言葉に航が頷く。
「……も……大丈夫……だから……」
 握っていた航の手を握り返して、奏が声を絞り出した。
「とりあえず、座ろ」
 慎太郎に支えられ、航に手を取られながら、奏がベンチへと戻る。
「……ごめんなさい。……僕、迷惑かけ……」
「“迷惑”ちゃう!」
 航が首を振って、奏の手を握りなおした。
「俺、もっとちゃんと勉強しとく。そやから、俺等に気ぃ使わんといて」
「……でも……」
「“迷惑”って思われる方が“迷惑”だって事だよ」
 “友達”だろ、俺等、と慎太郎が奏の右頬をプニッとつまんで笑った。
 互いの足りない部分を補ってこその友達なんだと、航と奏の顔を交互に見る。
「とりあえず、今日の午後のライブは中止やな……」
 飲みかけのジュースを一気飲みする航。
「中止って……。僕……」
「元々、絶対にいつといつって決めてた訳じゃないんだから、気にするなよ」
「明日はどうすんの?」
「そうだな……」
 慎太郎が奏の顔を覗き込む。
「明日からのライブは、奏の調子次第だな」
「え?」
 奏が驚いたように慎太郎の顔を見る。
「な、何?」
 “調子次第”はマズイのかと戸惑う。が、奏の関心は別の所だ。
「今、“奏”って……呼んだ?」
 何やら嬉しそうに奏が訊いてくる。
「そー言えば、さっきから“藤森”やのうて、“奏”って言うてる」
 空になった缶を置いて、航が頷いた。
「い、いーじゃねーかよ!」
「アカンとは言うてへんやん。な、奏?」
 航の言葉に、奏が頷く。海外にいる時には気付かなかった“名前呼び”の嬉しさに思わず顔がほころぶ。
「呼び方なんて、どうだっていいじゃねーか!」
 顔を上げた先に、急ぎ足でこちらへ向かっている若林氏が映った。
「ほら、行くぞ!」
 自分のギターと奏のピアノ、更に椅子を抱えて慎太郎が歩き出す。
「シンタロ、椅子、俺が……」
「荷物は俺が持つから、お前、奏を支えてこい!」
 そう言ってスタスタと歩いていく。
 航が奏の腕を肩に回し、腰に手を添える。
「シンタロ、待って!」
「慎太郎、待って!」
 揃って叫ぶ二人に、
「ハモるなっ!!」
 慎太郎が叫び返した。
 若林氏が慎太郎に車の位置を指し示し、そのまま、奏と奏を支えている航の所へ駆け寄る。
 そして、三人は若林氏の車で、藤森宅まで送ってもらったのだった。