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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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ありがとう、と言いたくて

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『ありがとう、と言いたくて』


 子供の頃は当たり前のように、どこにでもいた気がする。
 この時期、雨の日や降った後には必ずといっていいほど、道を歩けばどこかの家の垣根や塀、公園の植え込みとかで見つけたものだった。そして決まって、クラスの何人かがにわか飼い主になる。
 学校に家が近いと、持ってくる子もいた。どこで見つけたとか何を食べるとか、飼い方とかで盛り上がっている一角が必ずあって、毎年それをうらやましく思っていたのを覚えている。
 その頃、家ではペットを飼えなかった。妹がアレルギー持ちで犬猫含む動物のほとんどがダメだったし、何でもすぐに飽きるあんたには動物の世話なんて無理、とも言われていた。実際、確かに飽きっぽい子供だったと自分でも思う。
 そんなわけで、見つけても捕まえたい気持ちを抑えるしかなくて、梅雨は毎年つまらない時季だった。ただでさえ外で遊べないことが多かったから、家でよく不機嫌になっては妹と喧嘩したり泣かせたりして、親に怒られていたものだ。

 でも一度だけ、短い間だけど飼ったことはある。4年生の時、飽きてしまった友達のを譲ってもらう形で。もちろん家族には見せられないからこっそり、飼育ケースを押入れに隠して世話をした。喘息の発作を起こしやすい妹とは部屋が分かれていたのも幸いし、誰にもばれなかった。夜中にえさのキャベツを調達する時にはドキドキしたけど、秘密めいた雰囲気も楽しかった。
 けれど、何日もしないうちに元気がなくなって、動かなくなってしまった。飼っていた子に相談すると『雨の日にベランダに出しとけばいいよ、今日ちょうどいいかも』と言われ、夜のうちにその通りにした。空気がよく入る方がいいかと思って、ケースのふたも取って。
 ――翌朝、早起きして見に行ったら、ケースの中には何もいなかった。
 逃げてしまったんだと気づくのに時間はかからなくて、ふたをずらす程度にしておかなかった考えの浅さを悔やんだ。その辺にいるかもと思って探してみたけど、2階のベランダだからあまり探すスペースはなく、そうこうしているうちに母親が起きてきて私の様子をいぶかしんだ。
 『何やってんのあんた、雨降ってんのに……何それ?』
 ベランダの片隅に置いていたケースを見つけられ、ただでさえ青かっただろう私の顔色は、白くなっていたかもしれない。朝からしっかり怒られて、とどめに『だからあんたは生き物飼うの向いてないのよ』と言われた。
 最悪な気分で、ろくに朝ごはんも食べずに家を出た。足がものすごく重かった。降り続く雨のせいだけではなく、学校に行くのが嫌でしかたなかった。友達に、逃げてしまったとは言いたくない。でも嘘をつき通す自信もない。住宅街の途中で立ち止まり、途方に暮れてしゃがみこんだ。傘も放り出して。風邪引いて熱出して倒れちゃいたい、と思って。
 『なにしてんの?』
 そうして何分経ったのか、すぐそばからかけられた声で我に返ると、目の前に長靴を履いた足が2本。顔ごと視線を上げたら、同じクラスの男子が雨合羽姿で見下ろしていた。
 不審そうな目が少し前の母親と重なり、何も言いたくなくてうつむいた。すると隣に相手が座り込む気配がして、驚いて思わず振り向いた。
 『傘こわれた?』
 『……ちが、かたつむり、逃げ』
 ずっと我慢していた涙がその時、なぜだかいきなりあふれて、言いたくなかったはずのことを口にしていた。涙声で途切れ途切れだったのに、相手は理解したらしかった。立ち上がって近くの壁を眺めながら進み、少し先の植え込みをのぞき込んでいたかと思うと、いきなり葉陰に手を突っ込んで戻ってきた。
 『これ?』
 と差し出してきた手の上には、小さなかたつむりが1匹。もちろん逃げたやつとは違うだろう。けれど違うとも、そうだとも言えなくて、ただ見つめていた。
 その態度を肯定と受け取ったのか単に焦れたのかわからないけど、彼は無言で私の手にかたつむりを押しつけた。そして踵を返し、学校の方角へ小走りに去っていった。
 かなり長いこと、手にかたつむりを乗せたまま、立ち尽くしていたと思う。びしょぬれの私を見つけた近所のおばさんが家まで連れ帰ってくれるまで、ずっとそのままでいたらしい。
 そのあたりの記憶があいまいなのは、本当に風邪を引いて熱を出し、寝込んでしまったから。3日後に回復した時、母親は何か言いたそうにしていたけど、何も言わなかった。
 ……私も、学校へ行って彼を見かけても、何も言えなかった。
 かたつむりのお礼を言いたかったし、あの時にありがとうと言わなくてごめんと謝りたかったのに、声をかけられなかった。譲ってくれた友達に正直に話して、別にいいよと言われて安心してからも、ずっと。
 そして5年生の時にクラス替えで彼とは離れて、校区の違いで中学からは別々になってしまった。