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コンストン物語

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ぽつんとたたずむ石にとって世界とは、一年で色が入れ替わる草の丘と、月ごとに流れが変わる白い雲と、一日に千変万化する空だった。
 そこに、銀ギツネが加わったのは、つい最近の事だ。
「やあ、おはよう」
「ご機嫌いかがかな」
「今日も平和だね」
 銀ギツネと出会ってから、石は風景を眺めることを忘れた。一日中何度も、銀ギツネとの会話を思い出してはにやにやしていた。朝になれば、今日もあの、白と灰と黒の混ざった毛並みの獣がどこかに見えはしないかと、せわしなく周りを見渡すのだった。


 ある日の事だ。
 銀ギツネが石に質問した。
「君達はどうやって生まれるんだい?」
 石は過去の事をキツネに語って聞かせた。地面の下に行けばいくほど暖かくなっていくこと。最後には何もかもがドロドロにとけてしまうくらいに熱くなること。そのドロドロしたものが、ふとした拍子に地上へ飛びだしてくること。ドロドロしたものは飛びだした後、冷えて固まって大きな岩になること。その岩を、雨や風は時間をかけて削っていくこと。
 そして自分は、その岩から削られた破片の一つに過ぎないこと。
 銀ギツネは黙って話を聞いていたが、最後の話を聞くと驚いたように言った。
「君は僕の足裏と同じくらいはあるのに、それでも岩とやらのひと欠片に過ぎないのかい?」
 銀ギツネにとっては考えたこともないような大きさなのだろう。宙をにらみつけながら考えこんでしまった。
 それを眺めながら、ふと、石は不思議に思った。
 何故、銀ギツネと石は、会話をしているのだろうか。
 石にとって、動物とは目の前を通り過ぎていく物体に過ぎない。動物にとっても、石はどこにでもある物体の一つに過ぎないはずだ。何度も蹴飛ばされた事がある石は、強くそう信じていた。
 尋ねると、銀ギツネは首をかしげながら答えた。
「僕は変わり者なのかも知れない。石と話した事は君としかない。他の石は何を言っているのか分からないんだ。でも君の言っている事なら、何となく分かる。不思議な事だ」
 石にとっても、不思議だった。
 どうして彼と自分は通じ合っているのだろうか。
 石はぐるぐると思考を回していたが、そもそも何をかき回しているのかすらも分からなくなってきた。そんな事もあるのだろう、と、とりあえず目の前の事実を受け止める事にした。
「僕もそう思う事にするよ。難しいことを考えるのは苦手なんだ」
 それから二人は、取り留めのないことをいつまでも話していた。


 またまたある日の事だ。銀ギツネが口の周りを赤く染めて何かを運んできた。それは長い尾を持っていて、茶色の毛並みを血でぬらしていた。顔は醜く歪んでいて、濁った黒い目が恐怖で見開かれていた。
 銀ギツネはそれを、石の目の前に置いた。
「これはネズミというものだ。僕が食べる物の一つだよ」
 石は興味深そうにネズミを見た。ピクリとも動かない。動物は動く物なので、動かないこれは植物なのだろうと石は思った。少なくとも、自分の仲間である岩石ではなかった。
 石がそう言うと、銀色のキツネは真っ赤な舌を見せて笑った。
「このネズミも僕と同じ動物だよ。僕が殺したから死んだのだ。動物は死ぬと動かなくなるんだ」
 石はなるほど、うなずいた。では、昼夜問わず動いている雲はなんなのだろう。そう言うと、銀ギツネは困ったように首をかしげた。
「あぁ、そうか。雲も動物なのかも知れないなぁ。近くで見たことが無いから、今まで考えたこともなかった。今度、雲と出会えるくらい高い所に行ったら聞いてみるよ」
 石は、それはいい、と言った。そしてその時は、自分をくわえて登ってくれ、と頼んだ。頼んでから、これはすごい思い付きのように感じた。ずっとずっと昔からここで、じぃっ、としていたのに。運んでもらうということを考えたことがなかったのが全く不思議だった。
「それは楽しそうだ!」
 銀ギツネも嬉しそうに笑った。
「よしっ、練習がてら、そこの川まで運んでみようじゃないか」
 銀ギツネは鼻で、遠くにあって青い線のように見える川を示した。石も、行こう、早く行こう、と銀ギツネを急かした。
 さっそく銀ギツネは、口で石をくわえ、川の方へと歩き始めた。
 しかし銀ギツネは、運ぶ途中で何度も石を地面に置いて休憩した。川の近くまで来た時には、くわえずに前脚で石を引きずっていた。
 石を川の岸辺に置いてから銀ギツネは申し訳なさそうに言った。
「君は僕には重すぎたよ……。それに長い距離を運んだら、きっと僕は歯を痛めてしまうよ」
 石は諦めるしかなかった。もし銀ギツネが歯を痛めたら、物を食べることができなくなってしまうだろう。そして物を食べることができなくなったら、銀ギツネは──キツネに限らず動物は──死んでしまう。
 それでも石は満足していた。地表に顔を出してからずっと丘の上にいたのだ。遠くからでは青色にしか見えなかった細い線が、今では目の前で、澄んだ水をたたえて流れている。
 石は、うなだれている銀キツネに、明日から水で遊んでみよう、と声をかけた。
「それはいい!」
 石と銀ギツネは互いに笑い合ってから、さようならをした。
 空にたちこめる黒い雲のせいで、きれいな夕焼けは見られなかったが、石は新しい居場所が嬉しかったので気にしなかった。
 その夜、黒い雲は石の頭上にやって来ていた。ポツリ、ポツリと雨が降り始めたかと思うと、まるで空が落ちてくるような土砂降りに変わった。昼に川底が見えるほど澄んでいた水が、今では土を含んで茶色に濁り、うねっていた。洪水だ、と石は気がついた。何十年かに一度、丘の上から川があふれる様子を何度も見て来た。今、それが起きようとしている。
 あれよあれよと言うまに水かさは増えていった。やがて石、川からあふれ出た水に巻き込まれた。石は川に引き込まれて、川底を沢山転がった。途中で他の石と何回もぶつかり、角がどんどん丸くなり、体も小さくなっていった。
 小さくなった石は、水の流れに、より振り回されるようになった。
 大きく川がカーブしているところに差し掛かった時、ザブンと、ちょうど石を押し流していた部分の水が、陸に乗り上げた。石はようやく暴れ水から解放されて、水溜りのなかをころころ転がり、止まった。
 見たことも無い景色だった。周りは泥だらけで、根を丸出しにして倒れている木があった。すっく、と立っている木は、もともとここに生えていた木だろうか。泥に埋まっているのか、草は一本も生えていなかった。山の稜線にも見覚えが無かった。
 石はまた、ぼんやりと月日を過ごすようになった。
 石の世界は再び、一年で色が入れ替わる草の原っぱと、月ごとに流れが変わる白い雲と、一日に千変万化する空に戻った。変化があるとすれば、時々色が濁る川がそこに加わったことだけだった。
作品名:コンストン物語 作家名:小豆龍