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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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ファントム・ローズ

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ミラー「Cace4 勧誘」


 鳴海の家で今夜は対策を練ることになった。
 巻き込む人たちは最低限のほうがいい。渚や僕の家じゃ両親たちがいるからな。
 とはいえ、今になってみると、女子の家に泊まることになるなんて……しかも、あの鳴海の家だ。女子2人に男1人か、緊張するな。
 とりあえず僕は自分の家に服などを取りに帰ることにした。ひとりで大丈夫かと聞かれたけど、2人を押し切って僕ひとりで家に向かった。
 狙われているのは僕か渚か?
 僕だったとしたら、1人のほうがリスクが少なくて済む。
 でもこうやって独りになると心細い。
 渚の元を離れてから景色や人々がぼやけてしまった。もう人の顔も判別できない。
 たまにほかの人よりもぼやけていない人がいる。そういう人は渚が知っている人たちだ。僕の両親もほかよりマシなほうで、渚が親と接するたびにハッキリとしてきたような気がする。
 住宅街を進んでいると、十字路を横切る輪郭のハッキリした人を見た。そういう人を見るたびに少しほっとする。そう思ったのも今回はつかの間だった。
 僕は彼女の直接の知り合いじゃない。けど事件のときにその顔を調べた。事件というのは〈クラブ・ダブルB〉事件だ!
 僕は駆け足でその人物を追った。
 角を曲がってその背中を捕らえた。
「ちょっと待って!」
 その人物が振り返った。
 間違いない。
 藤宮彩だ!
 ありえない……ということもないのか。鳴海も戻ってきたんだ。彼女だって戻ってきてもおかしくはない。
 藤宮彩はあの事件で犠牲者となった生徒。1番目に失踪した保健室の水鏡先生は首謀者だったわけだから、おそらくは1番目の犠牲者ということになるのかな?
「なんですか?」
 藤宮彩は不思議な顔で僕を見つめた。同じ学校の生徒とはいえ、学年も違うしほぼ初対面のはずだ。会ったとしてもすれ違って程度で記憶には残ってない。
 とにかく焦って声をかけちゃったけど、なにを話したらいいんだろう?
「あの、藤宮彩さんですよね?」
「そうですけど……?」
「それだけ確認したかったんです……えっと、じゃあさよなら!」
 僕は来た道を全速力で引き返した。チラッと振り返ると、藤宮彩が不思議そうな顔をしたまま、まだこっちを見ていた。慌てて僕は角を曲がった。
 角を曲がってすぐに僕は立ち止まった。
 失敗したな。
 いきなり声をかけちゃったのも失敗だったけど、僕の家あっちだよ。今から追い抜くのも気まずいな。逃げるときに追い抜かせばよかった。
 少しここで時間を潰すか、回り道するか……。
 やっぱりこの世界で改変が起きたのは間違いない。
 鳴海愛が戻ってきたのも、彼女自身に重要な意味があったんじゃなくて、戻ってきた人たちの中のひとりだったってわけになるな。
 ほかにも戻ってきた人たちがいるかもしれない。
「……ッ!」
 僕は息を呑んだ。
 いなかったことにされた人たちが戻ってきた……。
 だとしたら、もしかして椎名アスカもいるかもしれない!!
 アスカが帰ってきた。アスカが帰ってきたんだ。良かった、アスカが……帰ってきたんだ。
 喜びが溢れてきた。
 けど、すぐに冷静になってしまった。
 じゃあ渚の立場は変わったのか?
 変わってない。ついさっき別れたときは、まだ彼女だったじゃないか。
 いや……アスカが帰ってきて、渚との関係性が変わるのだろうか?
 もしかしたらアスカがいたとしても、僕とアスカは何の関係もない者同士……なんてこともありえるはずだ。
 僕の気持ちはどうしたらいい?
 アスカと渚への気持ちが混在しちゃってるんだ。今まではこの世界にアスカがいなかったら、混在する気持ちも抑えようと思ってたんだ。
 元々の関係に正すなら僕は渚と別れるべきだろう。それでアスカと付き合えるとは限らないけど。でも、今の僕にとってはアスカよりも渚が必要なんだ。
 渚のことが好きだって気持ちはある。
 ならアスカへの気持ちは捨ててしまうべきなんだ。それがきっといいんだ。
 とにかくアスカを探そう。話はそれからだ。
 僕は急いでアスカの家に向かった。
 実は世界はこうなってしまってから、アスカの家に行ってみたことあった。アスカの住んでるマンションの部屋はあった。でもそこにはアスカの両親はいても、アスカの存在はなかったことにされていた。
 マンション着いた僕は急いでエレベーターに乗り込んだ。
 ドアが開いたと同時にエレベーターから飛び出して廊下を走る。
 見慣れたドアの前で立ち止まった。
 深呼吸をする。
 本当にアスカはいるのか?
 インターフォンに伸ばした指が震える。
 もしアスカがいたら僕はどうしたらいい?
 どんな顔をして会えばいい?
 会ってもらえなくてもいいんだ。いるかいないか、それを確認できれば今はいい。
 よし。
 僕はインターフォンを鳴らした。
 しばらくしてスピーカーからアスカの母親の声が響いてきた。
《どちら様でしょうか?》
「お宅にお嬢さんは在宅でしょうか?」
《うちに娘などおりませんが……ん、またあなたですか!》
「いえ、あの……」
《うちには娘なんていないって何度も言ってるでしょう!!》
 慌てて僕は逃げ出した。
 前に来たときしつこくして怒らせてしまってたんだ。
 エレベーターに乗り込んでから落胆した。
 アスカはいなかった。
 ほかの人たちが戻ってきたのにどうして?
 どうしてアスカだけがいない?
 ……まだ戻ってきたのを見たのは2人だけだ。ほかにも戻ってきてない人だっているかもしれないじゃないか。でも、アスカが戻ってこないなんて、どうしてなんだよ。
 ゆっくりと下りるエレベーターに揺られながら肩を落とした。
 大丈夫、べつに状況が悪くなったわけじゃないさ。なにも変わらなかっただけなんだ。この世界には元から椎名アスカなんていないんだから。
 でも期待しただけにショックは大きい。
「……なっ!?」
 なにが起きたのかわからず僕は声をあげた。
 突然だ、突然、なにかが僕の身に起きた。それがなんだか理解するまで数秒を要してしまった。
 体をつかまれている。それも後ろからだ!?
 僕の後ろにはあるのは……鏡かっ!?
 〈ミラーズ〉だ、〈ミラーズ〉が僕の体を後ろからつかんでいる。
 迂闊だった。アスカのことに気を取られて、エレベーターの鏡のことを忘れていた。こんな大きな鏡を忘れていたなんて。
 〈ミラーズ〉の指が胸に食い込んでくる。
 必死になって腕を外そうとするけど、なんてバカ力なんだ!
 〈ミラーズ〉の目的は?
 僕を殺したりするならとっくに背後からやられていたはずだ。まさか僕を連れ去ろうとしているのか――どこに!?
 エレベーターのドアが開いた。それを見てすぐに叫んでいた。
「助けて!」
 誰だかわからなかったが、誰でもいいから助けて欲しかった。
 エレベーターに乗り込んできた彼は、慌てず迅速に動いた。まるではじめから対処法を心得ているようだった。
 いや、きっと彼は心得ていたんだ。
 影山彪斗はすぐさま僕の後ろの鏡を叩き割った。
 すぐに僕は解放され、床に散らばった鏡の欠片が目に入った。
 割れた鏡たちに映る不気味な顔。