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明日に向かって撃て!(終)

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ロクデナシ


「こんにちわァ、お久しぶりィ」
 喫茶“憩い”の扉が開かれた。

「わっ、めずらしい。いらっしゃいませ〜」
「うちの子、外に繋がしてもろたけど、かまへん?」
「連れて入ってもろてかましませんよ、ペット専用席あいてますしィ」
「そらあかんわ。ゴールデンはぶるぶるってしたらものすごい毛が舞うし、葉っぱやら種がいっぱい付いてるから。えっと、ホット」
 海老出鯛子は小型リュックを肩からはずして床に置き、ヨッコラショと言いながら窓際の席に腰を下ろした。

「小太郎連れてわざわざここまで?」
「六箇山(むこやま・池田市)から滝道(箕面市)に抜けてな。距離は短いけど傾斜がきついからええトレーニングになったわ。ちょっとトイレ借りるよ」

 さっぱり顔で出てきた鯛子が席に着くのを見計らって、緑はコーヒーを運んだ。
 鯛子は緑の叔母、である。コーヒーを少し啜るとソーサーに戻しながら緑を見つめた。
「緑ちゃん、小南いう探偵さんにパンチ喰らわしてぶっ飛ばしたんやてなァ」
「ど、どこでそんなデタラメを・・・」
「あれ? ちゃうのん? みんな知ってるで・・・マスターの奥さんがお稽古の時にゆうてはったさかい」
 マスターの小学生の息子と鯛子は同じ和太鼓演奏グループに所属し、毎週練習に汗を流している。奥さんは息子の付き添いである。

「うちのやつそんな事言いふらしてるんですか・・あいつの前でうっかり口滑らしたんがいかんかったかなぁ」
 マスターはカウンターの内側でコップを磨きながらつぶやき、顔を上げた。
「それで、偵察、ちゅうわけですか」
「そういうわけでもないんやけど、たまにはうちの子もトレーニングさしとこ、思て」
「緑ちゃんが謝ったら済むことなんですけどねぇ」
 ため息が混じっている。
 ばん! とテーブルを叩く音とともにスプーンがガチャンと鳴った。鯛子が立ち上がってマスターを睨んでいる。

「ちょっとマスター、女が頭を下げるやなんてこと、どんな理由があろうとできるわけないやろ!」
 すごい剣幕でつっかかった。
「い、いや・・・しかし・・やはりでんな・・暴力振るったんは緑ちゃんやから・・」
 マスターは、海老出さん、夫婦の間でなんかあったな、と勘繰りながら触らぬ神にたたりなし・・と、沈黙した。

 鯛子は緑を向かいの椅子に座らせて、いきさつを聞き出した。
「ええっ、ポケットにそんなもん入れてたやなんて、しかも胸ポケットに? その人変態やんかァ。そんな人と口きいたらアカンでェ」
 うん、と曖昧にうなずく緑。
「緑ちゃん、その人のこと、好きやったん?」
 緑をじっと見つめる。ほんのりと赤くなる緑。

「そんなこと・・・あるわけないでしょ! ただのお客さんです!」
「へえぇぇ、お客さんに対して暴力振るうんですかァ、この店では」
「ちょっと、ほっぺを軽く叩いただけです」
「やっぱり嫉妬がまざってるね」
「まっさかぁ」
「そうやねェ、好きでもない人に嫉妬するわけないもんねェ。あんたのおかぁちゃんにはまだゆうてへんで。先に確認しとこ思ただけやから」
「やっぱり偵察やんか。おばちゃん、おかぁちゃんに余計なこと、言わんといてや!」
「はいはい、ま、痴話喧嘩とちごうてよかった。気ィ付けや、けったいな人多いから。ほなら去(い)ぬわ。ごっそさん。まだこっから歩いて帰らんならんさかいな」