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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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厠の華子さん

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「ったくよー、説教受けてたらこんな時間になっちまったじゃねーか」
 雅琥[ガク]はシルバーアッシュ色の短髪をかき上げながら、静返る放課後の廊下をひとりで歩いていた。
「ちっ……今度はぜってぇ自宅謹慎になると思ったのに」
 自分以外いない廊下で雅琥の独り言は続く。
「謹慎処分にもなんねーし、退学にもなんねーし、オレのことどうしたんだよ……ったく」
 冷たい風が廊下を通り抜け、恐怖が雅琥の身体を通り抜けていった。
 口を閉ざした雅琥は、顔を引きつらせながら辺りを見回した。
 窓はすべて閉められ、放課後は戸締りもしっかりとされているはずだ。普段でもあんな強い風が廊下に吹くことはない。それなのに風は吹いた。
 真っ青な顔をしながら雅琥は再び口を開いた。
「気のせいだよな、気のせい」
 恐怖をかき消すように雅琥の声は大きくなっていた。
 そして、いないはずの存在にケンカを吹っかける。
「な、なんかいるんだったら出て来いよ。オレがぶっ飛ばしてやる!」
 威勢を張ったものの、雅琥の顔色はさきほどよりも蒼白くなっていた。
 廊下の奥に黒い影が現れた。
「で、出た!?」
 腰を抜かしそうになった雅琥だが、廊下の壁に背中を付けて堪え、黒い影の正体を見極めた。
 こちらに向かって走って来る人影は男女二人組みで、この学園の制服を着ている。
「なんだよ、脅かすなよ、人間じゃねえか」
 威勢を取り戻した雅琥はこちらに向かって走ってくる二人組みを静止しようとした。
「おい、おまえら!」
 だが、女子生徒のほうは無我夢中で、目の前に立ちふさがった雅琥を避けることもせず、そのまま正面衝突してしまった。
 女子生徒の身体を受け止めながら、床に腰を打ちつけた雅琥は怒った顔をして女子生徒の胸倉につかみかかった。
「おい、てめぇ!」
「うるさいわね、なんで廊下の前に突っ立てるのよ!」
「はぁ? なんだてめぇ、ぶつかってきといて、その態度はなんだ!」
「あんたにかまってるヒマなんてないのよ!」
「てめぇ、オレにケンカ売る気かよ!」
 二人の言い争いを聞きながら、男子生徒はどうしていいかわからず、髪の毛をかき乱して言葉を発した。
「あ、あの、稲葉殿、その人にケンカ売らないほうがいいでござるよ。だって、その方……」
 シルバーアッシュの髪を見ればすぐにわかる。六道雅琥――喧嘩っ早く、学園内でも多くの問題を起こしてきた問題児だ。
 雅琥には誰も近づこうとしない、誰も話しかけようとしない。学園の生徒たちは雅琥を恐れている。雅琥だけでなく、その背後にいる存在のせいで教師すら手を出せないのだ。
 胸倉をつかんだ女子生徒の名前を聞いて、雅琥が怪訝な顔を浮かべた。
「この辺りで稲葉って言ったら、稲葉藩主の娘――稲葉茜か!」
「そうよ、だからどうしたっていうのよ?」
「生まれたときから裕福な暮らしさせてもらってんだろ。なんの苦労もせずにのうのうと生きてきて、人にたいする礼儀も弁えねえてめぇみたいな奴が、オレは大っ嫌ぇなんだよ。人様にぶつかったら、ごめんなさいの一言も言えねえのかよ!」
「なによ、あんただって不良のクセして、親が学園長だからみんなが手出せないと思って粋がってるのは、どこのどなたかしら?」
「あんなの奴、親でもなんでもねえよ、血のつながって野郎を親なんて呼べるもんか!」
「え?」
 熱の上がっていた茜だったが、雅琥の発言を聞いてすぐに熱が引いてしまった。
 茜が雅琥の言葉を聞き返そうとしたとき、二人の間に風彦が割って入った。
「あ、あの、こんなところでケンカをしているヒマなんてないと思うでござる。早く逃げないと奴が追って来るでござるよ」
「あーっ! そうよ、早く逃げないと、殺される」
 呆然とする雅琥の手を自分の胸倉から振り解いて、茜は後ろを振り返った。
「まだ、来てないようね。よかったぁ……あんたも早く逃げたほうがいいわよ」
「逃げる?」
 雅琥は依然、状況を把握できないまま呆然としていた。
 そう言えばこの二人、なにかから逃げるように走っていた。それはなにか?
「おい、てめぇら、なにがあったんだよ? 変質者でも出たのかよ?」
「変質者なんて生易しい者じゃないわよ、鬼よ、鬼が出たのよ!」
「はぁ? この学園内は強力な結界が張ってあんだぞ、そんなもん出るわけ……!?」
 姿は見えない、けれど確かに気配がする。禍々しく、息苦しくなるくらい、激しい憎悪に満ちた気配。なにかの気配を感じ、雅琥は話の途中で口から声が出せなくなってしまったのだ。
 前か後ろか、気配が強すぎてどこにいるかわからない。
 風彦は額から汗をかき、お腹を擦っている。一見頼りなさそうな風彦だが茜は知っている。自分が襲われそうになったとき、白衣神咒を使い、鬼の動きを封じ込めここまで逃げてくることができたのだ。
「蓮田くん、どうしよう、どうにかしてよ!」
「どうにかしてと申されても、白衣神咒はあそこから逃げるときに使ってしまって、教室に置いてきてしまったでござるし、今は逃げるしか……」
「逃げてるだけじゃだめよ。だって、あさみのこと教室に置いてきちゃったし、鬼が出たことを誰かに知らせないと!」
 茜が大声を張り上げてすぐ、狂気を孕む静けさが辺りを包み込み、三人は身動きを止めてしまった。
 奴がすぐそこまで来ている。
 誰かが唾を呑み込んだ音が聞こえた。
 木造の廊下が長く伸びたその先に、禍々しい気を纏った黒い闇が現れた。
 凍りつくような寒気が全身を襲い、闇に中に光る眼を見てしまった雅琥は、意識が遠くなり、そのまま闇の中に落ちてしまったのだった。