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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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厠の華子さん

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 ――二〇XX年、日本は鎖国した。

 文明閉化の足音が出囃子[デバヤシ]のリズムでやって来る。
 科学と魔導の混在する日本は、鎖国をすることによって独自の文化が花開き、日本をネオ・江戸文化が包み込んだ。
 首都ネオ・江戸シティは大きな都なこともあって、欧米渡来の品々も多く見受けられる。
 鎖国をしたと言っても、日本が一〇〇パーセント自給自足をできるわけもなく、海外との貿易は今でも続いているのだ。
 そう 日本は自給自足もできないクセに鎖国しちゃったんです。
 だって、魔導が日本を変えてしまったんですもの……。

 ――逢魔ヶ刻[オウガマトキ]。
 空は黄昏[タソガレ]色に染まり、漆黒の翼を羽ばたかせる鴉[カラス]たちが鳴き叫び、風が木の葉を揺らす音が微かに聞こえる。
 今このとき、校舎内では、げにも恐ろしき怪奇現象が起きていた。
「……お腹痛くて死にそう」
 悲痛の叫び。
 木造校舎の廊下を、三人の男女が必死な形相で走る走る走る。そのうちの一人の少年なんて、墓場から出てきたみたいな顔をして、腹痛に耐えながら走っている。いや、逃げているのだ。
 後方から追いかけて来る闇。
 後ろを振り向いても、その姿を確認することはできないが、確かに奴が追いかけて来ている。禍々[マガマガ]しい気が息苦しいほどに迫って来るのを嫌でも身体が感知してしまう。
「いや、もぉ、身体がゾクゾクして、気持ち悪い!」
 女子は学園指定の切袴[キリバカマ]の裾を捲し上げながら走り、太ももが見える恥じらい事など気にしている場合じゃない。今は奴から逃げることで頭がいっぱいなのだ。
 形振り構わず走る女子の横では、全身から幸薄そうなオーラを出している眼鏡少年が並んで走っていた。
 少年の疲労の色は濃い。もともと貧弱そうな身体つきをしているが、背中に人を背負っていたらなおさらだ。
「蓮田[ハスタ]くん、そんなヤツ背負ってないで捨てちゃいなさいよ」
「そ、そんなことできないでござるよ……」
 ちょっぴり変わった口調の少年――蓮田風彦[ハスタカゼヒコ]の背中にはシルバーアッシュの髪色をした少年が背負われていた。
「不良で問題児って言われてるくせに、あいつ姿を見たとたんに失神なんてありえないわ。よくそれで魔導学園なんかに通ってられるわね!」
「あ、あんまりイライラしないでくだされ、稲葉[イナバ]殿」
「イライラしてるんじゃないわよ、怖くて頭がいっぱいなのよ!」
 稲葉茜[イナバアカネ]は頭を振り乱して、再び後ろを振り返った。
 姿は見えない。物理的な距離はだいぶ離したに違いない。けれど、ぶるぶると悪寒が治まらないのは、奴がまだ自分たちを追いかけて来ているからに間違いない。
 風彦の足がストップした。
「そろそろ体力の限界でござる、申し訳ない」
 背中に人を背負って走り続けていた風彦の体力はすでにリミットを超え、疲労困憊[ヒロウコンパイ]により足元が震え、立っているのもミラクルに近かった。
「だめよ、逃げなきゃ!」
「あの、それとでござるが、拙者たち職員室に行こうとしてたんでござるよね?」
「わかってるわよ。だって、あいつが追って来るから職員室に行こうにも、逆方向に逃げるしかなかったんじゃない」
「もう仕方ないでござる。稲葉殿だけでも逃げて助けを呼んできてくだされ」
「さっきみたいに紙形を使って時間稼ぎできないの?」
「もう無理でござるよ。二度も同じ手が使えるとは思えないでござる」
 紙形とは紙を切り折りするか、もしくは紙面に絵を描き、それに気を送り込んで実体化させる術のことである。さきほどはその術を使い、三人の人形を作り実体化させ、時間稼ぎをしたが、二度も相手が騙されるとは思えない。それに今の風彦の疲労困憊状態では、術を使うのは困難に思えた。
 茜は辺りを見回した。
「走れないならどこかに隠れましょう。それしかないわ」
「駄目でござるよ、稲葉殿だけでも逃げてくだされ」
「嫌よ、あたしだけ逃げるなんて、目の前にいる人を置いて自分だけ逃げるなんて……。あさみのことだって……」
「新垣殿のことは仕方ないでござる。あのときは拙者らだけで逃げることで精一杯だったんでござるから」
「だからって!」
「……静かに……近くまで来てるでござる」
「どこ?」
「避けてくだされ!」
 巨大な手が襲い来る!
 人の背丈ほどもある巨大な手が、今まさに茜の身体を鷲掴[ワシヅカ]みにしようとしていた。
「きゃーっ!?」
「稲葉殿!」
 すぐさま風彦は懐から紙形を出して気を込めた。
 気を込められた紙形は虎に変じて巨大な手に噛み付かんとする。しかし、虎はまるで子猫のようにいとも簡単に振り払われてしまったではないか。それでも奴の気を逸らし、三人が逃げるだけの時間はできた。
 ――だが。
「稲葉殿、焦っていたとはいえ、なぜに女子厠に逃げ込んでしまったんでござるか?」
 三人はなぜか女子厠の中にランナウェイしてしまったのだ。
「だって仕方ないじゃない。逃げ込む場所がここしかなかったんだから!」
「でも、ここから先は逃げ場が……!?」
 奴の影が女子厠の前まで迫っていた。
 嵐がやって来たように建物が振るえ、厠の戸に雷が落ちたように叩かれた。
 ガタガタガタガタ!
 戸が悲鳴をあげ、今にも破壊されてしまいそうだ。
「……おかしいでござるな」
 風彦が呟いた。
「なにが?」
「あのような扉、すぐに壊されてしまいそうなのに……?」
 建物は振るえ、戸は今にも壊されてしまいそうだ。それなのに、外にいる奴は戸を開けることも壊すこともできないでいる。
「なぜだかわからないけど、とりあえず時間稼ぎができそうね」
 さきほまで恐怖に歪んでいた茜の顔に、微かな光が見えてきた。けれど、風彦の顔は蒼白い。蒼白いのは生まれ持っての個性だが、まだまだ油断のできない表情をしている。
「ですが、拙者たちにはここから逃げる術がござらん。ここは三階でござるから、そこにある窓から外に出るわけにもいかないでござるし、携帯電話はもちろん使えないでござるよ」
 霊的磁場の強い学園内では、電波が乱れてケータイの使用がまったくできないのだ。
 風彦はとりあえず背中に背負っていた少年を壁にもたれ掛かるように降ろし、厠の奥にあるガラス戸を開けに行った。
「少し外の空気でも……あれれ、開かない?」
 ガラス戸を開けようとするが、力を入れてもびくともしない。
「もしかしたら……稲葉殿?」
「なに?」
「閉じ込められたのかもしれないでござる」
「どういうこと?」
「もしかしたら、学園内の扉や窓、外に通じる道は全て封じられ、外に出ることもできないみたいでござる。きっと外にいる奴が、学園内にいる者を逃がさまいと結界でも張ったんでざるな」
「てゆことは、外からの助けも中に入れないってことじゃないの?」
「そういうことかもしれないでござるね」
「そんな……」
 ここが厠の床だということも忘れ、茜の身体は力なく膝から崩れ落ちた。
 茜の目がしらから熱いものが込み上げてきた。その姿を見ていた風彦は声をかけようとしたが、茜はそれを振り払うかのように立ち上がり、涙を止めた。